こんにちは、ゴールデンウィーク後半を韓国プサン市で過ごしていた局長Nです。
何をしていたかと言いますと・・・。

焼肉を食べに行っていました。
うそ。
こんなことをやっていました。
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朝鮮通信使の行列再現 釜山 対馬市民含む200人参加(読売新聞)
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韓国・釜山で朝鮮通信使パレード(長崎新聞)

5月4日から6日までの3日間、プサン市の龍頭山(りゅうとうざんこうえん)で観光展を行っていたのです。
広島県福山市など、江戸時代に朝鮮通信使が通ったゆかりの地の自治体で構成する「朝鮮通信使縁地連絡協議会」(略称、縁地連)の事業の一環です。

龍頭山は、かつて対馬藩が運営していた「倭館」(わかん)があった場所です。
10万坪という広大な土地(長崎の出島の25倍)に、対馬藩士が500人常駐し、徳川幕府から外交の実務を一任され、貿易も行っていました。
現代で例えると、外国に広大な居留地を構え、市役所職員が500人も海外赴任して、外務省とトレードセンターの機能を果たしていた訳です。
当時の対馬藩には、朝鮮語を教える学校(今でいう外語大ですね)までありました。

5月5日の午前中は、縁地連の理事会・総会に出席です。
会場はコモドホテル。伝統的なデザインのホテルでびっくりしました。

ホテルの窓からみたプサン市。韓国第2位の都市だけあって大きいです。
中央の森が龍頭山公園(とプサンタワー)。

総会終了後、ふたたび龍頭山公園へ向かいました。

メインイベントの日で、土曜日ということもあり、観光ブースもすごい人の数(-_-;)

ピンクのハッピを着て、カタコトの韓国語であやしい呼び込みをする対馬市の観光担当Oです。

今回は、対馬市釜山事務所のHさんや、韓国在住の日本人ボランティアのFさん、流暢な日本をあやつる韓国人ボランティアスタッフのAさん・Yさんなどのおかげで助かりました。
Oと私だけだったら、大変なことになっていたでしょう(お客さんも私たちも)。

韓国では5月3、4日は平日なので、ゴールデンウィークという感覚はないようですが、5月28日はお釈迦様の誕生日で休日だとか。
こちらは誕生日を祝うための飾りつけ。

昼食を食べるために公園を出ると、佐世保の「青嵐」というよさこいグループが路上パフォーマンスをしていました。ほかにも、島原や小倉などのグループも参加しており、大賑わいでした。

海鮮純豆腐という鍋を頼み、あまり時間がないので急いで食べると、熱さと辛さでむせました・・・。

ブースに戻ると、日韓の芸能・舞踊などの各団体が次々にパレードに参加していました。

ひと仕事を終えた大学生のボランティアグループが記念撮影をしているところに、勝手に飛び入り参加しているアホな男が一人(-_-;)

観光ブースのボランティアスタッフの人たちといっしょに晩御飯です。
鍋にトンカツ?が入っていました。

そして最終日の6日。
公園にヒトツバタゴの木がありましたが、花弁は対馬のものより細い印象です。

メインイベントは前日に終わり、日曜ということもあり、午前中の人出はまばら。
午後からはお客さんも増え、パンフレットもほぼ配り終わりました。

3日間、ブースのまわりで愛嬌を振りまいていた着ぐるみチームも、お疲れの様子・・・。
最終日の夜は、この日に初のプサン公演を終えた対馬の市民劇団「漁火」(いさりび)のみなさんと合流して打上げでした。
劇団結成は2009年、ジェームス三木さんの脚本による「対馬物語」の初演が昨年11月、地元以外での初の公演が外国の大都市プサンという無茶苦茶ぶり(^^;)
無茶も押し通せば現実になっていくんですね。
7日は移動日。釜山港8:00発の未来高速の高速船コビーに乗ると、10:00には対馬・厳原港へ到着。
そのまま仕事です(殴)
8日からは、登山関係の雑誌社・登山ガイドの方をお招きして、トレッキングモニターツアーの第1弾が始まります。
初日は九州百名山「白嶽」(しらたけ)。
そのレポートはまた!
(総代会の準備とか、大丈夫なのか?!)