(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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コロク神社について
 あけましておめでとうございます。
 局長Nです。

 あっという間のお正月休みでしたが、皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。

 私は家族サービスに徹すべく、1月1日は「和多都美(わたつみ)神社」参拝、2日は古代山城・金田城(かなたのき)トレッキング、3日は「コロク神社」(上対馬町琴(きん)の名神大社(みょうじんたいしゃ)。別名、琴崎大明神)に参拝してきました。

 子どもたちの反応は、「疲れた、もう行かん」「なんで2日続けて山やと?」「もういや」など、大好評でした!


 和多都美神社は定番の観光地でもあり、天皇家の祖神・山幸彦と海の女神・豊玉姫をまつる、対馬を代表する式内社(しきないしゃ)です。

 式内社、名神大社、対馬の神社については、下記ブログをご覧ください。説明は省略(殴)

 >>対馬の式内社29社(名神大社・小社)について(当協会ブログ2013.01.24)

 >>独断と偏見の対馬の神社セレクション(当協会ブログ2013.01.27)


 古代山城・金田城は、長崎県に2つしかない国指定特別史跡(史跡の国宝)で、昨年4月には文化庁の「日本遺産」の構成文化財にも認定されています。

 7世紀に、おもに関東からやってきた防人(さきもり)が国境警備にあたっていた現場です。説明は省略(殴)

 >>防人が築いた古代要塞 金田城トレッキング(観光モデルコース)



 さて、1/3に訪れたコロク神社は、九州最多の29社の式内社を誇る対馬のなかでも、特に力が強いとされる名神大社6社の候補社のひとつです。

 >>胡簶神社(胡禄神社)(玄松子の記憶)


 対馬でも地元の方以外はほとんど知らないと思うのですが、ちょっとしたトレッキング(距離800m、標高50m)も楽しめ、雰囲気もよく、琴の大イチョウ(樹齢日本一)や茂木浜海水浴場(天然の砂浜)などにも近く、オススメです。

 ※軽いトレッキングになるので、事前の準備・装備、健康状態の確認などはくれぐれもよろしくお願いします。誰にも連絡せずに独りで行って、途中で具合が悪くなったりすると、大変なことになるので・・・。


 まずは上対馬町琴までのルートですが、下記Googleマップを拡大したり縮小したりして、確認をお願いします。
 >>対馬市上対馬町琴(きん)(Googleマップ)


コロク神社地図

↑ こちらがルート図。スタート地点は、コロク神社と対になっている、コロク御子神社です。

コロク御子神社

 コロク御子神社は、琴の集落奥にあります。車はここまで。

コロク神社への遊歩道入口

 ちょっとわかりにくいですが、御子神社の社殿に向かって、右側に山中に続く遊歩道があります。
(写真左が御子神社の社殿、右が遊歩道入口)

遊歩道

 遊歩道はこんな雰囲気。
 たまに車両が入っているのか、車輪の跡が残っていました。

分岐点

 灯台と神社の分岐点には、看板があります。
 右に進むと琴崎灯台、左に進むとコロク神社です。
 鎖がかけてあり、確認したところ、車両の通行止め用なので徒歩であれば入ってOKですよ、とのこと。

分岐点看板

 数年前、地域の人たちが遊歩道を改修したんですね。

琴崎灯台

 ちなみに琴崎灯台はこんな感じ。
 小さくてかわいいです。

遊歩道

 波の音が聞こえてきます。

コロク神社

 どーん!

 船で参拝することしか考えていない、この潔いデザイン。



↑昨年5月に撮影した動画です。クリックで再生。音量に注意。

松の大木

 マツクイムシの影響でほとんど見ることができなくなった松の大木も残っています。

水平線

 その昔、琴崎の神様と黒島(美津島町)の神様がケンカして、琴崎様は岬にあった竹を投げつけ、黒島様は島にあった松を投げつけたので、琴崎には竹がなく、黒島には松がないそうです。
 金色の蛇の伝承とか、海底に竜宮城の入口があるとか、伝説もいろいろ。

鯨拾得?

 昭和13年、「鯨為拾得神恩ニ謝ス」の文字が刻まれた石灯籠。
 近くに、鯨が漂着したんでしょうか?

力石

 鳥居の近くに大きな丸い石がありました。豊玉町曽の神社で見た「力石(ちからいし)」に似ています。
 力石だったら、かつて若者たちが持ち上げて力試しをしたり、神社のお祭りの出し物だったのかも知れませんね。


シーグラス

 帰り道、近くの海岸でシーグラスを拾いました。
 波の力と砂・石などとの摩擦によって、ガラスが摩滅して滑らかになったもので、同じ形のものは世界に2つはありません。

 ドバイの世界的大富豪たちも夢中になっているという今年大ブレイクしそうな趣味ですが(未確認情報)、海岸をウロウロしていると、不審者扱いされて、パトカーに職務質問されることがあるので、要注意。


 では、2016年もよろしくお願いします!
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
「歴史街道」8月号(『聖なる地』にお参りしよう!−全国神社マップ)について
 こんにちは、日曜に打ち合わせが2つあったので出勤し、そのまま仕事をして溜まった告知ブログを書いていたら夜を迎えた局長Nです。
 なかなかこのサイクルから抜けられんなー(-_-;)

 さて、お知らせです!

歴史街道1
 歴史専門雑誌「歴史街道」(PHP研究所) 2013年8月号の第2特集は「神社と遷宮の謎Q&A」です。

 今年は伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が重なる60年に1度の年で、神社関係の特集は多いのですが、なぜ「歴史街道」を取りあげたかと言いますと・・・。

歴史街道2
 「『聖なる地』にお参りしよう!−全国神社マップ」(P84〜85)に、日本全国の有名・強力な神社が掲載されており、九州は宇佐神宮など8社が記載されているのですが、なんとそのうち2つが対馬の神社なのです!
 執筆者の鎌田 東二さんのえこひいきに大感謝!(殴)

 ちなみに2社は、和多都美(わたつみ)神社と、阿麻テ留(あまてる)神社。※テ=「氏」の下に「一」

 地元の人もあまり知らないのですが、アマテル神社は実はすごい神社なのです。

 ※参考: すごさを伝えようとして、途中で力尽きた前回のブログ

歴史街道3
 当ブログでもしつこくお伝えしていますが、対馬は平安時代に朝廷が作成した延喜式に記録された官社(式内社)が九州で一番多い神々の島。
 表と地図になっており、わかりやすいです。

 以下、引用。当ブログでしつこく、しつこく(殴)、お伝えしてきたことが、客観的に説明されています。

P91
 「たとえば薩摩国全体で延喜式内社は二座しかありませんが、対馬には二十九座。壱岐にも二十四座あるのです。さらに目に付くのは伊豆の九十二座です。
 これが意味することは何か。伊勢と出雲が日本を鎮護するための「内堀」のようなものだとすると、「外堀」が伊豆と壱岐・対馬だったのではないでしょうか。」
 
中略

 「一方の壱岐・対馬には、月讀神社・阿麻テ(※)留神社など月神・日神が祀られています。「陽」の伊勢の先に、神々が荒ぶる伊豆があり、「陰」の出雲の先に、月の神や日の神を祀る壱岐・対馬がある。やはり神社の数が示す通り、伊豆と壱岐・対馬は国家鎮護を考えるうえで重要視されるべき土地だった・・・。このように神社分布から、色々想像してみるのも面白いものです。」
※「テ」は氏の下に一。


「歴史街道」は書店でもよく見かける歴史関係ではメジャーな雑誌です。
 8月号を手に、ぜひ、対馬にお越しください<(_ _)>
 あ、島津特集のP62に、対馬の初代藩主「宗 義智」(そう よしとし)もちょっぴり登場しています。

「歴史街道」
2013年8月号
発行 株式会社PHP研究所
発売日 2013年7月5日
価格(税込) 630円
http://www.php.co.jp/magazine/rekishikaido/


おまけ

先日、創刊されたばかりの九州の登山専門誌「のぼろ」(西日本新聞社)の情報をお届けしましたが、ダメモトでアタックしてみたら、昨年対馬にアウトドアモニターでお越しいただいたMさんが編集部に就職されていました。
奇遇にビックリ(@_@;)


美術手帖、BIRDERもまだまだ発売中です。
よろしくお願いします<(_ _)>

 >>メディア掲載「美術手帖『神々の聖地』」について
 >>メディア掲載「BIRDER『この夏こそ!島〜』について」
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
メディア掲載「美術手帖『神々の聖地』」について
 こんにちは、週末のイベントが無事終了し、今日は早く帰ろうと思いながらも往生際悪くブログを書いている局長Nです。
 前回の記事の専門誌「BIRDER」に続きまして、美術専門誌「美術手帖」への掲載情報です〜。

 2013年5月11日(土)と12日(日)の2日間、テーマが「古代信仰」と聞いてノリノリの私(11日担当)と、ちょっと引き気味だったフナメン&厳原支部担当A(12日担当)がご案内したものです。
 写真家・映像人類学者の港 千尋さんと編集部のFさんに気に入っていただけたようで、取材時の雰囲気がとてもよく、フナメンとAも喜んでおりました。

美術手帖1
 対馬だけでフルカラー14ページ+1ページで、プロの写真家である港さんの美しい写真が印象的です。

美術手帖2
 日本全国で、対馬・諏訪・沖縄の3ヶ所が大きく取り上げられています。

美術手帖3

特集 神々の聖地

古代の人々は、自然をカミとして崇める自然信仰や、森や山、滝、岩など、 森羅万象あらゆるものにカミが宿るというアニミズムの精神を持っていた。
繁る森に神性を見出し、昇る太陽に五穀豊穣を願う──。
そこには、目に見えないものを感じ、信じる力があったのだろう。
この特集では、日本列島における古代信仰が息づく聖地を訪れ、 人間が根源的に持っているであろう、信仰・祈りのかたちとは どのようなものなのかを考えていく。

美術手帖
http://www.bijutsu.co.jp/bt/

媒体概要
発行部数…60,000 部
発行日 …毎月17日
体裁…約240ページ
判型 …A5判(210×145mm)
定価…1,600円


 対馬に住んでいると、信仰の対象は神社(建物)ではなく、その背後にある原始林や大洋、天空(場合によっては鉱山や流星まで)などの大自然だと感じることが多いです。
 >>独断と偏見の対馬の神社セレクション(当協会ブログ2013/01/27)

 欲望をむき出しにして神社などに参拝する昨今の「パワースポット」ブームが大嫌いな私としては、今回の特集はすばらしいと思います!(殴)

記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
アナザーストーリー「小船越」(こふなこし) 〜日本最初の寺と太陽神の集落〜
 こんにちは、局長Nが趣味と妄想とストレス解消でお届けする(殴)、対馬歴史異聞伝(いぶんでん)「アナザーストーリー『小船越編』」です。

 これをやると確実に睡眠時間がなくなるので、ストレス解消になってるのかさっぱりわかりませんが(-_-;)


小船越
 さて、対馬の中央に広がる浅茅湾の東岸に、古代から江戸時代まで港町として栄えた「小船越」(こふなこし)という集落があります。

 >>対馬観光マップ・小船越 西漕手(にしのこいで)/アマテル神社/梅林寺(Googleマップ)


 対馬は、泣く子も黙る荒海・玄界灘(げんかいなだ)と、異国に接する恐ろしい朝鮮海峡(対馬海峡西水道)に挟まれており、対馬の波穏やかな内海・浅茅湾は、まさに海上のオアシスと呼べる天然の良港でした。

西漕手
 小船越には、いにしえの雰囲気をそのまま残す西漕手(にしのこいで)という古代の港跡があります。

 ここは、浅茅湾と対馬海峡が接する陸峡部であり、古代より日本本土と朝鮮半島・中国大陸を往来する海上交通の要衝でした。


 日本本土からやってきた船はまず鴨居瀬(かもいせ)に着き、岸沿いに小船越へ。

 小船越に着くと、小さな船は陸揚げして対岸へ運ばれ、大きな船は人と荷物だけを対岸の別の船に載せて、朝鮮半島・大陸を目指しました。
 小さな船が丘を越えていったので、「小船越」という地名になった、とされています。
 もちろん、半島・大陸から戻ってくる船は、逆の行程を辿るわけです。

住吉神社
 当時の航海は命がけであり、対馬に残る無数の海神系の神社は、海上の安全祈願のために祭られたと考えられています。

 >>対馬観光マップ・住吉神社(すみよしじんじゃ)(Googleマップ)

 対馬周辺の外洋は、神頼みをしなければ渡れないほど危険に満ちていたのです。



 さて、日本最初のお寺の話。

梅林寺
 小船越には、日本最初の寺とされる「梅林寺」(ばいりんじ)があります。

 日本への公式な仏教伝来は、538年(または552年)、百済の聖明王から仏像や経典が送られたのが始まりとされています。

梅林寺(説明板)

 仏像を捧持する使節は、小船越で上陸し、ここから日本本土を目指すために風待ち・波待ちをする必要がありました。

 その間、大切な仏像を粗末に扱うわけにはいかないので、小さなお堂を建てて仏像を保管し、その小堂が日本最初の寺・梅林寺になった、と伝えられているのです。


 海を渡った仏像は、在来の神道を信仰する物部氏によって難波の堀江に打ち捨てられますが、聖徳太子の時代に再出現し、やがて本田善光という人物の背中に乗って旅をし、現在の長野県(現在の善光寺)に落ち着きます。

 善光寺は、激動の戦国時代には、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの錚々たる面々に信仰され、現在では年間600万人もの参詣者を集める名刹となりました。

 面白いことに、善光寺の仏像は自ら絶対秘仏となり、その姿を見たものはいません。

 7年に1度、前立観音という、いわばレプリカがご開帳されますが、本尊そのものが実在するのかどうかすら、秘仏ゆえに誰にも確認はできないのです。

 日本に渡来し、この国を仏教国家へと導き、戦国武将や天下人たちに信仰され、この国の歴史を変えたともいえる絶対秘仏の旅。


 その最初の日本上陸地が対馬であり、小船越だったのです!




 ・・・嘘だとおもったら、善光寺のホームページを見てみるがいいさ!(殴)

 >>善光寺公式サイト






 さて、もういい加減文章が長いので「つづく」でもいいのですが・・・。

アマテル神社1
 古代航路の要衝であった小船越には、「アマテル神社」があります。

 ※「阿麻○留神社」 ○=氏の下に一。


アマテル神社2

 天皇家の祖神である「アマテラス大神」にもよく似た響きで、しかも祭神は「天日神命(あめのひみたまのみこと)」という太陽神なのです。

 ちなみにお隣の壱岐には、月神である「月読(ツクヨミ、ツキヨミ)」が祭られており、第23代顕宗天皇の時代(5世紀後半)に、 それぞれの対馬と壱岐の祭祀集団ごと京都・奈良に上京しています。

 暴風神スサノオが出雲、太陽神アマテルが対馬、月神ツクヨミが壱岐の出身だとすると、日本神話のアナザーストーリーが見えてくるのですが、もう眠いので、続く!(殴)

 あー、対馬の神社ガイドブック、作りたい!(>_<)

 絶対!めちゃくちゃ面白いのに!!(殴)


 >>対馬観光モデルコース歴史編「(2)神代の旅〜竜宮伝説・和多都美神社〜」
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
スサノオ、愛知県津島市、信長、対馬の意外な関係について
 こんにちは、結局、来週、対馬市ケーブルテレビ+長崎新聞の方と一緒に、阿連(あれ)の取材に行くことになった局長Nです。
 思いは届くものですね〜(殴)

 さて、先日、名古屋の方から、
「名古屋でイベントがあり、対馬をPRしたいので、パンフを送ってほしい。
 こちらでは、『つしま』と聞いてもお隣りの「津島市」しか思い浮かばない人も多いので」
 という、ありがたいお申し出をいただきました。

 愛知県の「津島市」についてちょっと調べてみたところ、対馬と神社がらみの意外な関連がありましたので、ご紹介します。


 皆様は「スサノオ」をご存知でしょうか?
 (少年ジャンプの某マンガに登場する無敵の忍術とかじゃないですよ)

 スサノオは、姉のアマテラス(天皇家の祖神)に嫌がらせをして天岩戸に引きこもらせ、神々によって天界から追放され、怪物ヤマタノオロチを退治して出雲(いずも。島根県)の英雄になった、日本神話に登場する神様の一人(一柱)です。

 疫病の神、あるいは疫病を抑える神として、全国の祇園神社・八坂神社・天王神社、京都の祇園祭で盛大に祭られている、あのスサノオです!

 現代人から見ると、「お前はいったい何がしたかったんだ!」と突っ込みをいれたくなる、あのスサノオです〜。

 面倒なときはWikiにおまかせ(殴)
>>スサノオ

 さて、スサノオは天界から出雲へ行くのですが、日本書記には一書(異伝)が多く、まず朝鮮半島の新羅(しらぎ)の「ソシモリ」に降臨し、そこが気に入らず、子どものイタケル(植樹の神)とともに出雲へ渡った、という伝承が記載されています。

 愛知県津島市の「津島神社」の社伝では、スサノオの和御魂(にぎみたま。神霊の穏やかな側面)は、新羅→対馬→津島に遷った、とされています。
 津島神社は、織田信長や豊臣秀吉の崇敬も受けていた由緒ある神社ですが、その祭神は、対馬からやってきていたのです。

 神様が移動するということは、その神様をまつる集団ごとの移動を意味することが多く、地名も同じ「津島」(対馬も古事記では「津島」)なので、対馬→津島の人の流れもあったのかもしれませんね。

なそかみ神社
 実は、対馬北端の上対馬町豊(かみつしままち・とよ)には、スサノオ(島大国魂神社)とイタケル(若宮神社)、さらにはソシモリ(那祖師神社)が祭られています。

不通浜
 島大国魂神社があったとされる豊北部には、「不通浜」(とおらずがはま)という、オソロシドコロなみにインパクトがある場所があり、スサノオが通った場所として立入禁止・絶対タブーの地になっています。
 (かなりヤバいらしいので、行かないでくださいね(-_-;)

祭神
 東の海岸にはイタケルが祭られていました。
 豊の漁港近くにはソシモリが祭られており、現在はここに3社がまとめられています。
 >>那祖師神社(長崎県対馬市上対馬町豊)(Googleマップ)

那須加美乃金子神社
 また、対馬市峰町志多賀(みねまち・したか)の「那須加美乃金子神社 (なすかみのかなごじんじゃ)」にも同様に、スサノオ・イタケル・ソシモリが祭られています。
 >>那須加美乃金子神社(長崎県対馬市峰町志多賀)(Googleマップ)


 伝承では、「志多賀北部の神山は、スサノオが植樹した山であり、伐採してもかまわないが、根を掘って樹種を絶やすようなことをすると、おそろしい神罰が下る」(「新対馬島誌」)という、植樹と伐採に関する強烈なタブーがありました。
 こわっ(-_-;)

 3つの書伝・社伝を総合すると、天界を追放されたスサノオは、朝鮮半島から対馬の北東部を経由して、出雲まで放浪していった、という物語が誕生します。

 怪物ヤマタノオロチは暴れ河を意味し、それを退治して天皇家の三種の神器のひとつ「クサナギの剣」(アメノムラクモの剣)を得る物語は、実は、暴れ河を治水し、河の砂鉄から鉄器を得る「製鉄」の物語だとも言われています。

 製鉄には大量の燃料(木材)を必要とするため、スサノオ(のモデルになった人物?)は、鉄のために朝鮮半島の森を禿山にして住めなくなり、その反省もあり、日本では植樹を行い、乱伐のタブーを生み出した、とも読めます。

 スサノオは、住むべき土地を追われ、対馬にも定着できず、苦労して「怪物」を退治し、やっと「出雲」という安住の地にたどり着いた、のかもしれません。



 日本神話のアナザー・ストーリー「対馬神話」、いかがだったでしょうか?

 神話は民族の精神の根底にあるものなのですが、戦後、日本神話は軍国主義と同一視され、学校でも教えないようです。

 教科書や、中央政府の正式な記録(たぶんに政治的なものですが)には登場しない、秘められた歴史物語「アナザー・ストーリー」(勝手にシリーズ化予定)にふれる旅に、出てみませんか?
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サンゾーロー祭について
こんにちは、フナメンです。


2013年2月12日。

旧暦で言えば1月3日。


厳原町豆酘(いづはらまちつつ)地区の雷(いかづち)神社でサンゾーロー祭と亀卜(きぼく)が行われるという事で
1人参加しましたのでご報告させていただきます。


当日AM11:00過ぎ。

祭は昼からだという情報しかなかったので油断していたのですが、N局長の情報によると準備はAM11:00からとのこと。

出遅れ感をと共に、大急ぎで豆酘へ向かいました。

豆酘は対馬の最南端の集落で、対馬中部の豊玉町生まれHIPHOP育ちのフナメンはあまり詳しくない土地。

しかもサンゾーロー祭の会場である雷神社はこじんまりしてて、とても分かりづらいらしいです。


しかし最近はめっきりポジティブのフナメン。

これは良い機会だと思いました。

観光客になった気持ちで行こうじゃないかと。

下調べ無しでふら〜っと行けるのかと。


でも全く分からないのも無理なのでコレを使ってみようと。

コレ → 対馬観光物産協会 対馬マップいろいろ


いざスタート。


豆酘までの道は、離合も難しいような狭い山道もあれば、綺麗な広い道路もあり、豆酘という標識を辿っていけば
何の迷いも問題も無く30分程度で到着しました。


豆酘の集落に入り、少しするとおっちゃんがいたので車を止めて尋ねました。

「すいませ〜ん、雷神社はどこですか?」


するとおっちゃん、フナメンの進行方向と逆を指差し。

「BACK、BACK!!!」

はい私、完全に韓国人と間違えられてます。


その後、日本人アピールをするとおっちゃんは

「戻って、左に入って、こう行くとあるよ。」

と何ともざっくりな指示の通りに、適当なところで一か八か曲がり、こう行くとありました。

雷神社。

そして出遅れたのに誰もいないという驚き。

まさか終わったのかとも思いましたが、とりあえず昼食を取りながら待ってみました。


そして気付きました。

対馬マップいろいろ使ってないっ!!!


今回はフナメンの人間離れした第六感でどうにかたどり着けましたが、一般の方は対馬マップいろいろを見ながらの観光をお勧めいたします!!!
スマホがあれば地図いらず!
※もちろん運転中の携帯電話使用はダメですよー。


そして待つこと1時間余り。

ようやく人も集まり始め準備開始。

雷神社。



こじんまりでかわいいっす。


まずは焚き火。



寒いですからね。




準備も整いサンゾーロー祭スタートです。



まず最初は、侍みたいな衣装に身を包んだ方が、紙垂(しで)の付いた木の枝を託され旅立ちます。





遅れて卜者(ぼくしゃ)が登場。





緊張感が一気に張り詰め、マスコミの方たちも前のめりです。





そしてここがハイライト。



卜者が亀の甲羅に桜の木を燃やしたモノを押し当て、その痕を見て占います。



ピリッとした空気が漂う中、占いの結果を一気に紙へ書いていきました。


そして結果は



この通りです。

何はともあれ、頑張れという事でしょう!



ということでサンゾーロー祭の亀卜は無事に幕を閉じました。


どうやら、ここからも何かの儀式があるようで、見物客も含め40人程の皆さんは動く気配がありません。



どうやら何かを待っている様子。

僕も寒さに耐えながら待つことにしてみました。


・・・・・。

寒いし、何を待ってるかも分からないし、寒いし・・・。



数十分待ったところで、ようやく動きが。

皆さんざわざわ。



そして僕は自分の過ちに気付きました。



僕はあろうことか、侍の衣装を着たおっちゃんを忘れていました。

すっかり帰ったと思っていた、おっちゃん。

いろいろ回って来たのでしょう。

疲れたご様子でした。


ご帰還なさったおっちゃんの問答形式で行われる祝詞。

「サンゾーロー」

と声を合わせて唱えます。



その後はクロ(メジナ)に手を触れずぶつ切りにします。



手は触れないと言っても、火箸と包丁は使います。


そして乾杯っ!





からの振る舞い。





これにてサンゾーロー祭の全工程が終了致しました。



最後に豆酘地区の区長さんのご挨拶。

「見物の方はいっぱい来られて喜ばしい事だけれど、地元の方にもっと参加してほしい。」

という言葉が印象に残りました。


今回は地区外の方は30名近く来られていたのですが、地区の方は神主さん達関係者を含め10人足らずでした。

島外(東京、福岡など)からも十数名も来られていたにも関わらず、地元の参加者がほぼ居ないという現実にとても驚きました。

集落に伝わる伝統的な行事だけに残念な気もしますが、このご時世、平日の昼間に仕事を休むのかという問題もあるので勝手なことも言えません。

軽い気持ちで参加したサンゾーロー祭でしたが、改めて伝統を守るという事を考えさせられました。


来年も参加して、外部から内部を盛り上げていきたいと思いますっ!

皆さんも、来年の旧暦1月3日はサンゾーロー祭とスケジュール帳に記入をお願いします。



雷神社(いかづちじんじゃ)
>>Googleマップ


記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
独断と偏見の対馬の神社セレクション
 こんにちは、長崎県対馬振興局の方から「協会の人たち、公式ブログを私物化してますね。楽しくていいです」と言われた局長Nです。

 私もそう思います!(殴)


 さて、前回の記事でもご紹介しましたが、対馬は神社だらけの神々の島です。

 で、数が多すぎて紹介しきれないので、(個人的に)対馬の神社セレクションをつくってみました。

 ちなみに、神々だらけ、神社だらけの根拠は以下の通り。

・平安時代に「延喜式(えんぎしき)」に記された格の高い神社(式内社)が29社(九州全体で98社中、最多)
・江戸時代に対馬藩三代藩主・宗 義真(そう よしざね)が調査した神社・祠の数が455社。
・当協会で写真撮影・調査を行った神社が200社超(おもに漁村で祭られる恵比須や金比羅は数が多すぎて無視しました)。

過去にトレッキング、エコツーリズム、歴史、砲台のガイドブックを作ってきたので、今年は神社ガイドブックを作りたいんですけどね(ぼそり)。

では、神社セレクションを〜。


大自然の力が満ち溢れるウルトラ・スピリチュアル神社

山岳崇拝の総社 白嶽(しらたけ)神社

白嶽(雌岳)

「え? 神社じゃなくて、山岳やん」とおっしゃる方も多いと思いますが、実は神社の「建物」が重視されるようになったのは、6世紀の仏教伝来以降と言われています。
 もともとは社殿はなく、神々が降臨しやすい「場」が大切でした。

白嶽神社(雌岳)
 先ほどの白嶽の写真の下部に、実はこのような洞窟と鳥居があります。
 こちらが白嶽の雌岳(めだけ。女岳)で、

白嶽(雄岳)
 通常登る雄岳(おだけ)は実は、キノコのような形をしています。

 巨大な岩塊なので普通は気付きませんが、女性と男性、になっているわけです。

 大自然のデザインというのは時に神秘的で、古代人が「霊峰」と感じたのもわかるような気がしませんか?

 山頂部には大陸系植物が自生し、その珍しい植生により国の天然記念物に指定されています。

白嶽神社(洲藻)
 ちなみに、ふもとの対馬市美津島町洲藻(みつしままち・すも)にも白嶽神社があります。
 ご神体でもある白嶽は聖域でみだりには登れず、また体力や天候の関係もあり、地元の方は通常はこちらに参拝し、遥拝(ようはい。遠くから祈る)するわけです。

 >>観光モデルコース 九州百名山 霊峰・白嶽トレッキング


神秘の原始林 多久頭魂(たくずだま)神社

龍良山のスダジイ
 こちらも本来は社殿がなく、原始林・龍良山(たてらやま)がご神体。

裏八丁郭
 山中には、対馬独自の天道信仰の聖地のひとつ「裏八丁郭(八町角)」、いわゆる「オソロシドコロ」があります(-_-;)
 強いタブーの地として伐採・開発を免れてきたため、純度の高い照葉樹の森が残り、国の天然記念物に指定されています。

多久頭魂神社
 多久頭魂神社は厳原町豆酘(いづはらまち・つつ)の集落内にあります。
 白嶽同様、山自体が聖地で近寄れなかったので、ここから遥拝しました。

 >>観光モデルコース 龍良山原始林と「にほんの里100選・豆酘」を歩く


無限の大海原 胡禄(ころく)神社

 「山頂」は天の神々の世界に近く、「岬」は海の神々の世界に近い「場」です。

胡禄神社
 上対馬町琴(かみつしままち・きん)の琴崎には、海のダイナミズムを感じられる胡禄神社(琴崎大明神)があります。

胡禄神社
 いかにも、海底から海神が登ってきそうな雰囲気。
 船で海から参拝するか、琴の集落奥にある胡禄御子神社の拝殿横から800mほど山道を歩かないとたどり着けません。

※情報を追加しました↓
 >>コロク神社について(2016.01.05)


胡禄神社
 ちなみに祭神はワタツミ系の海神ですが、対馬での伝承では、顔に貝類などが付着して醜い姿をしているとされる、大海原に潜む海の神「磯良」(いそら)ともされています。

 さて、神社の「建物はおまけ」という説、納得していただけましたでしょうか?

 パワースポットブーム以降、「神社」(建物)ばかりが注目されがちですが、実はその先にある、古くからの大自然そのものが信仰の対象だったのです。

 対馬は古代から、そんな雄大な自然が満ち溢れる、荒々しく、激しく、美しい島だったのです。


地下鉱山の世界 銀山上(ぎんざんじょう)神社/銀山神社

 山、海、ときて、次は地下世界です。
 以前ブログで紹介しましたが、対馬は7世紀から日本最古の鉱山(銀山)があった場所で、古代鉱山の跡とされる坑道も残っています。
 
阿連の古代坑
 厳原町阿連(あれ)の古代坑。

樫根の古代坑
 厳原町樫根(かしね)の古代坑。

 地下世界は出水や落盤など、海同様に危険に満ちた世界で、安全祈願・神頼みをしなければ仕事ができません。
 そんな銀山の作業の無事を祈るための神社もあります。

銀山上神社
 厳原町久根田舎(いづはらまち・くねいなか)の「銀山上神社」です。
 ここと、樫根(かしね)の銀山神社の祭神は、「諸黒神(もろくろがみ)」。
 通常、鉱山の神様は「金山彦」なのですが、「諸黒神」は対馬固有の神様のようで、ネットで調べても何も出てきません。
 「漆黒の闇」を意味する、何ともドスのきいた名前です(-_-;)

 7世紀の対馬銀山で誕生したか、採掘の技術者集団が祭っていた神様なんでしょうね。


天空と流星の伝説 明嶽神社

 地下世界の次は、天空。

明嶽神社
 先日のブログでも紹介しましたが、豊玉町銘(とよたままち・めい)の明嶽神社のご神体は、「星」(隕石)と言われています。

元嶋神社(妙見神社)
 また、浅茅湾北西部の豊玉町唐洲(とよたままち・からす)の元嶋神社(妙見神社)の祭神は、現在はスサノオ、元は「北辰妙見」=「北極星」、あるいは天の中心を意味する「アメノミナカヌシ」です。

 北極星は夜間航海の目印なので、古代より大陸と日本本土を往来していた対馬の船人たちは、北極星や北斗七星を信仰していたのかもしれません。

 古代の対馬の人々は、天空・大海原・地下、そして日々の生活のなかに神々を感じ、ともに生きていたのです。

 以上、目に見える神社建築の向こう側にある、目に見えない大自然と神々の世界の物語でした<(_ _)>


 対馬の神社のジャンルとしては、

・物語性の高い神社
・無人島に宿る神々
・格の高い神様が宿る神社
・かわいい神社
・とんでもない何かが潜んでいる(かもしれない)神社
・何かが間違ってる神社
・こわい神社
・探すのに苦労した神社

 などがあります。
 私の個人的な分類ですが(^_^;)

「かわいい神社」の代表は、対馬市上県町御園(かみあがたまち・みそ)の森乃神社・恵比須神社。

森乃神社
 屋根瓦や鳥居まで完備した、超小型の双子の神社です。

恵比須神社
 神紋もこんな感じ。かわいいでしょ?


 あ、こんなことばっかりやってる訳じゃないですよ。
 3月にはANA機内誌「翼の王国」と某登山全国誌(うれしー!)掲載、博多阪急(博多駅8F)で登山&カヤックPRイベント、神戸から豪華客船「にっぽん丸」に乗り込んで対馬のプレゼンしてきます!
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
対馬の式内社29社(名神大社・小社)について
 こんにちは、マニアック過ぎてお蔵入りしようと思っていた対馬の神社200社の写真データ(遠景・鳥居・狛犬・拝殿・本殿など)をどうしようか思案中の局長Nです。
 とりあえず、式内社に同定・比定されている候補49社のみ一部公開します。
 Googleマップに神社の位置を落とそうと思いましたが、眠くて意識が飛びそうなので、また今度!(殴)

※ 2013年2月1日(金)作成! 対馬式内社マップ


 さて、平安時代(927年)にまとめられた「延喜式神名帳」は、当時「官社」とされた神社の一覧です。
 古くから朝廷によって認められた有力な神社として、一種の社格になっています。
 式内社とは、延喜式に記載された神社を指し、西海道(九州)では98社(の神社)107座(の神々)が記されていますが、うち29社29座が対馬に集中しており、九州最多の神々の世界として朝廷にも認められていたことになります。

 >>延喜式神名帳(ウィキペディア)


【名神大社(みょうじんたいしゃ)】 式内社のうち、特に霊験あらたかとされる強力な神社。
 対馬の名神は、上県郡の和多都美神社・和多都美御子神社、下県郡の高御魂神社・和多都美神社・太祝詞神社・住吉神社の6社6座。
 候補は以下の10社。(高御魂神社・太祝詞神社はほぼ確定ですが、他の神社は同定に異説もあります)

厳原八幡宮
厳原八幡宮神社(いづはらはちまんぐうじんじゃ)
【祭神】 神功皇后 應神天皇 仲哀天皇 姫大神 武内宿禰
【所在地】 長崎県対馬市厳原町中村645-1
(※現在は八幡宮ですが、かつては下県郡の名神・和多都美神社だったと考えられています)

乙和多都美神社
乙和多都美神社(おとわたつみじんじゃ)
【祭神】 玉依姫命 豐姫命
【祭神(別資料)】 豊玉姫命
【所在地】 長崎県対馬市厳原町久和1番地

高御魂神社
高御魂神社(たかみむすびじんじゃ)
【祭神】 高皇産霊尊
【所在地】 長崎県対馬市厳原町豆酘1250番地
(※もともとは海の近くにありましたが、現在は多久頭魂神社の境内に遷座されています)

住吉神社(鶏知)
住吉神社(すみよしじんじゃ)
【祭神】 彦波瀲武鵜茅草葺不合尊
【祭神(別資料)】 豊玉姫命 玉依姫命
【所在地】 長崎県対馬市美津島町鶏知甲1281番地

太祝詞神社(加志)
太祝詞神社(ふとのりとじんじゃ)
【祭神】 太詔戸神
【祭神(別資料)】 雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市美津島町加志512番地

住吉神社(鴨居瀬)
住吉神社(すみよしじんじゃ)
【祭神】 彦波瀲武鵜茅草葺不合命 三筒男命
【所在地】 長崎県対馬市美津島町鴨居瀬491番地

和多都美神社(仁位)
和多都美神社(わたつみじんじゃ)
【祭神】 彦火々出見尊 豊玉姫命
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町仁位字和宮55番地

和多都美御子神社(仁位)
和多都美御子神社(わたつみみこじんじゃ)
【祭神】 彦波瀲武鵜茅葺不合尊 神武天皇 応神天皇 菅原道真
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町仁位字桜町1416番地

海神神社(木坂)
海神神社(かいじんじんじゃ)
【祭神】 豊玉姫命 合殿 彦火々出見尊 葺不合命 宗像神 道主貴命
【所在地】 長崎県対馬市峰町木坂247番地

胡禄神社(琴崎)
胡禄神社(ころくじんじゃ)
【祭神】 表津少童命 中津少童命 底津少童命 磯武良
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町琴1番地(琴崎)
(※琴の集落奥にある胡禄御子神社の拝殿横から800mほど山道を歩くと琴崎です)

【小社】
 対馬の式内社は名神を含めて29社29座。大社は6社6座、小社は残りの23社23座。
 小社の候補は以下の39社。
 ※対馬全体で200社以上撮影しましたが、小社だけでもかなり数が多いので、一部のみ写真を掲載します。

平神社(ひらのじんじゃ)
【祭神】 天穂日命 日本武尊 仁徳天皇 ?道皇子
【所在地】 長崎県対馬市厳原町中村645-1 (※厳原八幡宮の境内社)

宇努刀神社(うのとじんじゃ)
【祭神】 須佐男命
【所在地】 長崎県対馬市厳原町中村645‐1 (※厳原八幡宮の境内社)

住吉神社(すみよしじんじゃ)
【祭神】 表筒男神 中筒男神 底筒男神
【祭神(別資料)】 配祀 表津少童神 中津少童神 底津少童神
【所在地】 長崎県対馬市厳原町厳原東里353番地

多久頭魂神社(たくづだまじんじゃ)
【祭神】 天照大御神 天忍穂耳命 日子穂々出見尊 彦火能邇々藝命 鵜茅草葺不合尊
【祭神(別資料)】 多久頭魂神
【所在地】 長崎県対馬市厳原町豆酘1250番地

雷神社(いかづちじんじゃ)
【祭神】 雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市厳原町豆酘2852番地

銀山上神社(久根田舎)
銀山上神社(ぎんざんじょうじんじゃ)
【祭神】 諸黒神 安帝
【所在地】 長崎県対馬市厳原町久根田舎507番地

銀山神社(ぎんざんじんじゃ)
【祭神】 諸黒神
【祭神(別資料)】 合祀 地祇神
【所在地】 長崎県対馬市厳原町大字樫根281番地1

雷命神社(阿連)
雷命神社(らいめいじんじゃ)
【祭神】 雷神雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市厳原町大字阿連215番地

敷島神社(しきしまじんじゃ)
【祭神】 天佐手依比女神
【所在地】 長崎県対馬市美津島町加志386番地

志賀神社(今里)
志賀神社(しかじんじゃ)
【祭神】 磯良海祇
【所在地】 長崎県対馬市美津島町今里293番地

都々智神社(郷崎)
都々智神社(つつちじんじゃ)
【祭神】 天佐手依比女神 表筒男神 中筒男神 底筒男神 
【所在地】 長崎県対馬市美津島町尾崎(郷崎)

都々智神社(遥拝所)(つつちじんじゃ)
【祭神】 天佐手依比女神 表筒男神 中筒男神 底筒男神 
【所在地】 長崎県対馬市美津島町尾崎737番地

阿麻テ留神社(あまてるじんじゃ)(※テは「氏」の下に「一」)
【祭神】 天日神命(あめのひのみたまのみこと)
【所在地】 長崎県対馬市美津島町小船越352番地

浜殿神社(はまどのじんじゃ)
【祭神】 豐玉彦尊
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町仁位清源寺原1718

島御子神社(しまみこじんじゃ)
【祭神】 大國主神 八上姫神
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町曽114番地

行相神社(ゆきあいじんじゃ)
【祭神】 皇孫命 大己貴命
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町田1058番地

元嶋神社(もとしまじんじゃ)
【祭神】 素盞男命
【祭神(別資料)】 鎮宅霊符北辰妙見(『對州神社誌) 天御中主神
【所在地】 長崎県対馬市豊玉町唐洲647番地

小牧宿禰神社(おひらすくねじんじゃ)
【祭神】 建比良鳥命を主神とし4柱の神
【祭神(別資料)】 小牧宿禰
【所在地】 長崎県対馬市峰町三根959番地

天神社(てんじんじゃ)
【祭神】 
【所在地】 長崎県対馬市峰町三根959番地 (小牧宿禰神社境内社)

那須加美乃金子神社(なすかみのかなごじんじゃ)
【祭神】 須佐之男命
【祭神(別資料)】 曽尸茂梨 大屋彦神(五十猛命の別名)
【所在地】 長崎県対馬市峰町志多賀290番地2

天諸羽神社(あまのもろはじんじゃ)
【祭神】 天津児屋根命 天太玉命
【祭神(別資料)】 雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市峰町吉田941番地

島大國魂御子神社(しまおおくにたまみこじんじゃ)
【祭神】 大己貴尊
【所在地】 長崎県対馬市上県町佐須奈字日吉乙170番地

天神多久頭魂神社(佐護湊)
天神多久頭魂神社(てんじんたくづだまじんじゃ)
【祭神】 建彌己己命
【祭神(別資料)】 多久頭魂命(天神地祇)
【所在地】 長崎県対馬市上県町佐護字洲西里2864番地

天諸羽神社(あめのもろはじんじゃ)
【祭神】 宇麻志麻治命 天児屋根命 雷大臣命
【祭神(別資料)】 天太玉命
【所在地】 長崎県対馬市上県町佐護北里793番地

天神神社(てんじんじんじゃ)
【祭神】 天津八十萬神
【所在地】 長崎県対馬市上県町佐護恵古

天諸羽神社(あめのもろはじんじゃ)
【祭神】 天兒屋根命 天太玉命
【祭神(別資料)】 宇摩志摩治命 雷大臣
【所在地】 長崎県対馬市上県町佐護東里字春日原120番地

春日神社(かすがじんじゃ)
【祭神】 天児屋根命 天太玉命
【所在地】 長崎県対馬市佐護恵古

志多留能理刀神社(したるのりとじんじゃ)
【祭神】 雷大臣尊 霊町神
【所在地】 長崎県対馬市上県町伊奈381番地

伊奈久比神社(いなくひじんじゃ)
【祭神】 大歳神
【所在地】 長崎県対馬市上県町伊奈330番地

國本神社(くにもとじんじゃ)
【祭神】 天之佐手依姫命
【祭神(別資料)】 上古対馬之主
【所在地】 長崎県対馬市上県町瀬田1番地

島大國魂神社(しまおおくにたまじんじゃ)
【祭神】 不詳
【所在地】 長崎県対馬市上県町御岳

那須加美乃金子神社
那須加美乃金子神社(なすかみのかなごじんじゃ)
【祭神】 大屋彦神(五十猛命の別名) 大己貴命
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町小鹿字大浜520番地

天諸羽神社(あめのもろはじんじゃ)
【祭神】 天太玉命 天児屋根命 雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町一重字尾崎段30番地11

能理刀神社(のりとじんじゃ)
【祭神】 天児屋根命 天太玉命 雷大臣命 海祇神
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町芦見字スダリ274番地

胡禄御子神社(ころくみこじんじゃ)
【祭神】 表筒男命 中筒男命 底筒男命
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町琴字郷ノ浦3番地

霹靂神社(いかづちじんじゃ)
【祭神】 雷大臣命 日本大臣命 磯武良
【祭神(別資料)】 雷大臣 日本大臣 磯武良
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町浜久須字大石隈1074番地1

能理刀神社(のりとじんじゃ)
【祭神】 宇麻志麻治命 天児屋根命 雷大臣命
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町西泊字横道218番地

島大國魂神社(しまおおくにたまじんじゃ)
【祭神】 素盞男尊 天狭手依比賣
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町豊字シレイ409番地ロ (現在は那祖師神社の境内社)

那祖師神社(なそしじんじゃ)
【祭神】 祖師茂利の神 素盞男尊 
【所在地】 長崎県対馬市上対馬町豊字大多1337番地(豊漁港前)
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
九州最強のパワースポット・対馬の式内社で大開運!実施報告
この寒さ。

冬が暖かくならないなら地球温暖化って本当に最悪だと思いますっ!

こんにちは、フナメンです。




2013年一発目のイベントは、

『九州最強のパワースポット・対馬の式内社で大開運!』

と題し、歴史ある対馬の神社を、三社巡りましたのでご報告させていただきます。




2013年1月6日AM8:45対馬市役所発。

当日のキャンセルなどもありましたが、20名の参加者の皆さんと、「対馬観光ガイドの会やんこも」の藤井さん、N局長、そして僕フナメンの
23名にて三社巡りスタート!


まずはバスで15分程の美津島町鶏知(みつしままちけち)の住吉神社へ。
 >>Googleマップ


正式な参拝の手順をガイドの藤井さんに教えてもらいながら参拝します。



わからなかった作法などがあり、個人的には大変勉強になりました!





無事1社目の参拝終了。





バスへ戻る途中に、夫婦杉である『おすぎ』と『ピーコ』にパワーを貰う。





ええ、そうです。

上記はフナメンの2013年初の渾身のボケであり、実際は雄杉(おすぎ)と雌杉(めすぎ)だという事です。

おすピーさんとは違い、雄雌はかなりハッキリしており、一目瞭然ですので是非現地にてご確認下さい!




バスに乗り込み、次の目的地の和多都美神社までの間に、藤井さん、N局長より神社や各集落の説明がありました。



N局長からは、いかに対馬の神社が格式が高く、歴史あるものであるか。

詳しくはこちら





藤井さんからは、万関、大船越、小船越などの集落と歴史との関わりについて。




対馬で生まれ、数十年対馬に住んでいる参加者の方々も知らないことが多かったらしく、そんな方々に少しでも対馬の事を
知ってもらえて僕は嬉しかったです!



そうこうしているとあっという間に和多都美神社到着。
 >>Googleマップ


ちなみにフナメンは今年4,5回目の和多都美神社です!
フナメン暇だねっ。


今回は普段あまり行かない『玉の井』から攻めてみました。



何を隠そう、神話の里として名高い和多都美神社界隈。

ガイド藤井さんのドラマティックな語りにより竜宮伝説へと導かれ、伝説の痕跡が目の前で展開されていく。





なんと贅沢な。



その後はお参りし、これまた木からパワーを頂く。



根っこが本殿から出てきて、龍の様に見えるこの木は、わかる人にはわかる、もの凄いパワー木みたいです!




そしてお次は、和多都美神社からバスで30分程。

峰町木坂にある対馬一の宮、海神神社へ。
 >>Googleマップ

※『一の宮』とはその国(地域)で最も格の高い神社の事を言います。





入口から一の宮感が溢れていますね。






そしてご覧のとおりの階段です。

全部で300段ほどあります。

小さいお子さんやご高齢の方々もいらっしゃいましたがほとんどの方が登って参拝してらっしゃいました!

僕はいつも通りヘロヘロでした。



途中で余裕の記念撮影。





こんな山奥に、こんな立派な大きい神殿がっ!で有名な海神神社ですが、その隣には小さな神社が並びます。



以前は気にもしていませんでしたが、よく見るととてもこじんまりしててかわいいです。



そして帰り。



よい運動になりました。




そしてここにもやっぱり



大きい木っ!



歴史と信仰と自然が一気に味わえる神社。

こんな魅力的な神社が、対馬には神社庁に登録してあるだけでも約130社。

その他をあわせると登録してあるものの数倍と言われています。


歴史にしろ、神社にしろ、自然にしろ、まだまだ対馬の魅力は尽きませんね!



ということで2013年九州最強のパワースポット・対馬の式内社で大開運!は無事終了しました。

今年はツキまくりの一年になること間違い無しです。



これからも、こういう風な企画を通して、対馬市民の方々にも知ってそうで知らなかった対馬の良さを発見してもらい、
もっと対馬を好きになって欲しいです!


次回も多数のご参加よろしくお願いします!
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる
「お日照(おひでり)様」神事について
 こんにちは、太陽の女神・お日照(オヒデリ)様の神事の日にも雨を降らせたレインマンこと局長Nです。
 さて、2012年12月21日(金)、対馬市厳原町阿連(いづはらまち・あれ)に伝わる伝統神事「お日照様」に参加しましたので報告です。


「お日照様」神事のまとめ

・阿連には式内社(平安時代に公に祭られた格の高い神社)の「雷命神社」があり、祭神は「雷命」(いかづちのみこと)。
・雷命は、日本のほかの神々同様、旧暦の10月に出雲大社に旅立つため、阿連は一ヶ月間神様不在になる。(日本中から神々がいなくなるので「神無月」)
・雷命のいない間、ふだんは山にいる「お日照様」に里に降りてもらい、村を守ってもらう。
・雷命が阿連に帰ると、お日照様は旧11/1〜11/8の間、一緒に暮らす。
・旧11/9に、お日照様を元の山にお返しする「お日照様の元山(本山)送り」の神事が行われる。この時、お日照は懐妊していると考えられている。
・雷命は竜神・水神・男神で、お日照様は太陽神・女神。この一連の神事は、雨と太陽がバランスよく結びつき、里に豊穣がもたらされる、という古い民俗世界を体現している。


さて、前置きは置いといて。
(今回の記事の写真はすべて、フナメンが撮影したものです)

雷命神社
14:00ころから、雷命神社で元山送りの神事が始まり、子どもたちを含む、地区の皆さんが参加します。

神事
宮司さんは、以前、阿連の古代鉱山跡を案内していただいた橘 一門(たちばな かずかど)さん。

御幣
「あんたたちも参加せんね」と言われ、御幣をいただきました(^^;)
お日照様は、御幣を挿した一行の背中に乗って、元山へ向かいます。

元山送り2
「いざや、いざや、とのばらを、もとのお山にお送り申ーす!」
「おー!」(甲高く)

川原で裸足2
途中で靴を脱ぎ、裸足で冷たい川原を歩きます。
「足が凍るー!」

先回りした子どもたちが、一行を脅かす場所があります。
お約束どおり、びっくりしないといけません。
「わー!!」(子どもたち)
「あー、びっくりした!!」(大人)

元山2
川辺にクスノキの巨木があり、そこでお日照様をお戻しする神事が行われます。

祈り
川原でロウソクを灯し、子どもたちからお年寄りまで、深く頭を垂れます。
宗教とか宗派とか関係ない、「祈り」の原型に触れたような気がしました。


さて、翌日は当協会主催の「阿連ウォーキングイベント」を実施し、楽しい1日となりました。
(どんだけ阿連押ししてるんだ、というつっこみ多し)
記事カテゴリ: 対馬の式内社をめぐる

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