(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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対馬市民総ガイド化計画 「対馬宗家と安徳天皇陵」復活開催!
 こんにちは、今年の個人的な目標「時間の使い方が上手くなる」を掲げたものの、相変わらず1日の3分の2を事務所で過ごしている局長Nです。

 なかなか実践は難しいものですね(_ _)zZZ


 さて、昨年、「国境の島 対馬市民総ガイド化計画」を実施しましたが、京都から講師の先生をお招きする予定だった第4回「対馬宗家と安徳天皇陵」が台風のため休止となってしまいました。

 が!

 京都府立大学の東先生のご好意もあり、受講生の皆様からのリクエストにお応えし、

 復活開催決定です!!

 (講座はどなたでも参加できますが、お申し込みが必要です)

久根田舎看板

 講座内容は、対馬島主・宗家と、安徳天皇の関係について。

 安徳天皇は、平安時代の源平の合戦の最終局面「壇ノ浦の合戦」で、赤間関(下関)に沈んだ幼帝です。

(数え年8歳、歴代天皇最年少で崩御)


 その最期が悲劇的であったため、平家物語などの文学の主要なテーマとなり、また様々な伝説が生まれました。

 いわく、安徳天皇は実は生き延びていて、○○で余生を送った・・・などなど。


 対馬にもその伝承地があるのです!

 Wikipediaにもしっかり載っていました(^^;)
 >>安徳天皇

以下引用。

【伝説】
安徳天皇は壇ノ浦で入水せず平氏の残党に警護されて地方に落ち延びたとする伝説があり、九州四国地方を中心に全国に20ヶ所あまりの伝承地がある。

対馬に逃げ延びて宗氏の祖となったとする説。
対馬に渡った安徳天皇が島津氏の娘との間に儲けた子が宗重尚であるという。


【宮内庁指定の陵墓参考地】
長崎県対馬の厳原町久根田舎には、安徳天皇の墓と言われる陵墓があり宮内庁指定の御陵墓参考地となっている。


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対馬は自然と歴史の宝庫でござる!
国境の島 対馬市民総ガイド化計画

 家族に、ともだちに、観光客に、対馬の魅力を伝えるため、みんなで対馬について学び、楽しもう!というコンセプトで始まった総ガイド化計画。
 昨年11月5日に最終回(第7回)を迎えましたが、台風で中止になり復活開催のリクエストが多かった「あの」第4回講座を実施します!

「対馬宗家と安徳天皇陵」

東 昇 先生(京都府立大学)

開催日時 平成27年2月22日(日)10:30〜12:00
開催場所 対馬市交流センター3F 第5・6会議室(対馬市厳原町今屋敷661-3)
受講料  無料    定員 40名

 鎌倉時代から幕末まで約600年にわたって対馬を統治し、現在もその血脈が受け継がれている名族・宗(そう)氏。
 初代・宗 助国(すけくに)は、元・高麗の大軍との激戦の果てに散り、歴代の宗家は、時には朝鮮水軍と戦い、時には大宰府を攻め落とし、秀吉や朝鮮国王とわたり合い、外交使節団・朝鮮通信使の往来を支え、徳川幕府を震撼させる外交スキャンダルを起こし、明治時代には伯爵家となるなど、その歴史は国境の島・対馬の数奇な運命そのものと言えます。
 宗氏はどこからやってきたのか? 源平の合戦で壇ノ浦に沈んだはずの安徳天皇との関係は? 「対馬宗家と安徳天皇陵」の著者、東 昇先生といっしょに、宗家の謎に迫ってみませんか?

【お申し込み】
 電話・FAX・メールで、下記申込先までご連絡ください。どなたでも参加できますが、連絡や資料の準備のため、必ずお申込みをお願いいたします。

【必要事項】
住所、氏名、年齢、性別、電話番号、携帯番号


〒817-0022 長崎県対馬市厳原町国分1441番地 対馬市役所1F
(一社)対馬観光物産協会 担当 西・舟橋
TEL 0920-52-1566、FAX 0920-52-1585
>>お問合せフォーム

長崎県 平成26年度 世界遺産受入体制整備事業(歴史・文化ガイド推進事業)

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対馬宗家と安徳天皇陵
記事カテゴリ: 対馬の歴史

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