(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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中学1年生の総合学習、ボランティアガイドに行ってきました。
寒い!とにかく寒い!特に朝と晩!!
対馬に来て2度目の秋。
そろそろ家に こたつをセッティングしようと思っています。

島おこし協働隊ゆーみんです。

さて、秋風の吹くなか、10月11日(金)
対馬観光ガイドの会やんこものガイドとして、歴史研究家 永留史彦さん
と共に、豊玉中学校の1年生の総合学習 上対馬・上県のバス巡りに行ってきました♪

今回巡ったエリア↓↓オレンジが出発地点の豊玉町。


今回のブログでは、生徒さん向けに説明した主な内容をご紹介します。

(島の右上)
殿崎(とのさき)日露友好の丘⇒今から100年ほど前に日本とロシアは戦争をしていました。1905年に起こった対馬沖海戦(日本海海戦)では、ロシアの軍艦(バルチック艦隊)が沈没し、対馬をはじめ日本海沿岸には艦隊の乗組員が各地に上陸しました。上対馬町にある茂木浜・西泊・今回訪れた殿崎は、実際にロシアの軍人が上陸した場所です。

※殿崎では、西泊地区出身の対馬観光物産協会上対馬事務所のK所長にご案内していただきました♪

その‥臾韻肇蹈轡△侶蛙
殿崎の岬にて農作業をしていた二人の農婦は、突然現れた(岬に上陸してきた)背が高くて青い目をした人達の姿を見て驚きます。はだしで白い夏服に血が滲んだ水兵達を見た農婦は「戦争は戦争。傷ついた人や弱っている人がいれば、助けてやるのが当たり前」と、地区の人々を集めました。言葉が通じない中、ジェスチャーで水が飲みたいことを理解した町の人は、殿崎にある水飲み場に案内した後、自分たちの住む西泊地区まで案内します。ロシアの兵は汚れた服を洗ってもらったり、食事、お風呂、傷の手当、泊まる場所の手配など、温かいもてなしを受けたそうです。

その恩海義峡(おんかいぎきょう)の碑
殿崎の日露友好の丘には、「恩海義峡」と書かれた碑があります。この碑の文字を書いたのは当時の連合艦隊司令長官だった、東郷平八郎さんで、かねてより、村人の行動に心動かされていたということで、地区の人が記念碑を立てるという話を聞いて、自ら筆をとったそうです。碑には「めぐみの海、ぎはたかし」と書いてあります

↓↓写真右側の碑が△任后


その今の対馬とロシアとの繋がり
・殿崎は、ロシア兵を最初に助けたところであり、毎年慰霊を続けていること。
・西泊地区では、5月27日に日本とロシア、両国の犠牲者の慰霊祭を開催し、地区の住民や関係者の他、市内の陸海空自衛隊員が出席していること。数年前には、在日ロシア連邦大使や総領事、ロシア国営テレビスタッフ、ロシア子孫の会の方々も対馬を訪れて、慰霊祭に参加しています。

↓↓当時、亡くなった方の名前が記されています。


「バトル・オブ・ツシマ」と言えば、海外の方も知っている、聞いたことがあるという対馬沖海戦。当時世界最強と言われていたロシアのバルチック艦隊を撃沈させたということが広く知られているようですが、対馬での出来事も知っていただける機会が増えればいいな・・・。と思いつつ聞いていました。



(島の一番北側)
豊砲台(とよほうだい)⇒出来た当初(昭和初期)世界最大級の巨砲で、「撃たずの砲台」とも呼ばれており、実戦では一度も発射することが無かった。

↓↓砲台入口の前の写真。中は真っ暗なので、入る前から生徒の皆さんはキャーキャーはしゃいでいました。
実はこの入口の右側に照明ボタンがあるんですが、あまりに楽しそうだったので、照明のことは黙っておくことに・・・。



↓↓45口径砲塔40.6僖ノンがあった砲座。




韓国展望台⇒韓国が見える展望台。

↓↓この日は運よく韓国が見える天候だったので、改めて国境の島だということを感じることが出来ました♪
  写真だと見えにくいですが、海岸線の上にうっすらと韓国が写っています。



朝鮮国訳官使殉難之碑⇒訳官使とは、鎖国時代の日本において、対馬藩の役人と共に日韓交隣の実務をこなしていた外交使節団のこと。朝鮮国訳官使108名と対馬藩の役人4名を乗せた船は、快晴のなか釜山を出航し、対馬の寄港地鰐浦(今の韓国展望所がある場所がわにうら)を目の前にして突風と激浪に遭い全員死亡する。当時の対馬藩と村人は船を救おうとしたが、「自然の暴威は如何ともし難しかった」と記している。

↓↓韓国展望所の真横にある朝鮮国訳官使殉難之碑。





棹崎公園⇒今回の昼食場所。日本で一番北西にある証となるモニュメントや棹崎砲台がある。


↓↓日本最北西端の碑




↓↓棹崎砲台






対馬野生生物保護センター⇒対馬でツシマヤマネコに会える唯一の施設。ヤマネコの他、貴重な鳥やツシマツシマテン、チョウセンイタチなどの剥製が見られる、野生動物好きにはたまらない施設。

↓↓ツシマヤマネコの福馬くん。ガラス張りで、目の前で見られます♪


↓↓施設の職員の方にヤマネコの説明をしていただいている様子。





円通寺の裏⇒対馬を収めていた宗家の中心地は、はじめのころは厳原では無く佐賀だった。(対馬には佐賀県と同じ佐賀という漢字の地名があります。読み方はサカ。)対馬を収めていた宗氏のお墓が円通寺の裏にある。

円通寺の梵鐘⇒対馬を収めていた宗貞茂の死去の際に朝鮮国王から贈られた鐘。貞茂は日本と朝鮮国との平和的な貿易を呼びかけ、密貿易や海賊を取りしまっていたことが朝鮮側から高く評価されていた。

朝鮮通信使李藝功績碑⇒円通寺の前にある、日本と朝鮮国の文化交流や、対馬と朝鮮国の貿易に関する条約の締結などに貢献していた李藝(イ・イェ)という方の功績を記した記念碑。




対馬は縦長に82キロメートルもある細長い島。学校の総合学習などで巡るか、休日に親に運転して連れて行ってもらうなどしなければ、島内の学生は自分の住む島を見てまわることが出来ません。対馬ならではの自然や歴史を一つでも多く地元の子供達に知ってもらえるように、今後もガイドの依頼があれば対馬観光ガイドの会やんこもは頑張ります!
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