(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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対馬要塞群を歩く 「芋崎半島・大平(高)砲台編」
 こんにちは、NHK大河ドラマ「江」が終了し、「坂の上の雲」の予告映像がたくさん流れていますが、対馬は原作並みに登場するのだろうか、と一抹の不安を隠せない観光担当Nです(-_-;)
 さて、2011年11月26日(土)、中対馬ガイド養成事業の一環として、美津島町昼ヶ浦の芋崎半島と、同地区の大平(高)砲台の調査を行いました。

※今回は、対馬要塞群を歩く 「芋崎砲台・大平(低)砲台編」の続編になります。

芋崎入口
 芋崎砲台へ続く山道入口に集合です。案内板には、ロシア軍艦による芋崎占拠の説明文と地図が描かれています。

川浦の風呂跡
 幕末の文久元年(1861年)、ロシア軍艦・ポサドニック号が芋崎を半年間占拠しました。結局、イギリス軍艦の圧力により対馬を退去するのですが、風呂や井戸などの痕跡が残されており、長期間居座る意図があったようです。

芋崎砲台
 一通り芋崎砲台を見学した後・・・

芋崎半島を歩く
 芋崎半島を北上すると・・・。

探照灯
 探照灯設備がありました。今で言うサーチライトで、夜間も海を照らして監視を行います。

陸防と海防
 陸防(陸軍境界標石)と海防が仲良く並んでいました。

芋崎から浅茅湾を眺望
 芋崎から見る浅茅湾(あそうわん)です。朝鮮半島方向に口を開いています。

芋崎砲台からの帰路
 この後、ロシアの井戸を見学して、帰途につきました。
 参加された皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。


 そして、トレッキングガイドのNさんと砲台部員2名は、前回調査不足だった大平(高)砲台へ。
 大平(高)砲台 12cmカノン4門、起工:明治31年10月、竣工:明治34年10月。

大平(高)砲台
 分岐点を、前回と異なるルートに進むと、すぐにレンガ造り(イギリス積み)の棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ。弾薬庫などに利用)が出現しました。
 保存状態も非常によい感じでした。

三点濾過式の井戸
 明治期の砲台跡でよく見かける三点濾過式の井戸を発見。
「やっぱり、あったねえ。明治の砲台やねえ」
(すっかり砲台モードに戻っているS)

半地下式の棲息掩蔽部
 半地下式の掩蔽部もありました。
「やっぱり、明治の砲台はいい仕事してるねえ」
(すっかり砲台モードに、以下略)

大平(高)砲台から浅茅湾眺望
 大平(高)砲台からは浅茅湾を一望でき、芋崎が正面に見えるなど、抜群のロケーションです。
 砲座・観測所などの施設がはっきりしないものの、県道からの距離もそれほどではなく、芋崎砲台・芋崎半島と絡めたトレッキングルートとして手応えを感じました。

 ロシアと対馬の因縁の地「大船越・芋崎」から、芋崎砲台・大平(低・高)砲台の整備、竹敷海軍要港部の設置、深浦水雷艇基地の建設など、幕末から日露戦争終結に至る一連の歴史の流れを、コンパクトに現地で体感することができるルートとなりました。

【交通アクセス】

厳原港→(国道382号線を北上9.3km)→十八銀行美津島支店前交差点(西に進んで県道24号線を1.5km)→箕形・竹敷交差点を右折(県道197号線に入り、5.7km)→芋崎砲台軍道入口(看板あり、徒歩1.3km)→芋崎砲台
※芋崎砲台軍道入口から道なりに0.9km車で進むと大平(低)砲台
※大平(低)砲台の左手(砲座がない方)の斜面から大平(高)砲台へ。
※対馬空港から十八銀行美津島支店前交差点までは、県道64号線を南下1km、右折して国道382号線に進み南下2km

Googleマップ
>>厳原港〜対馬市美津島町昼ケ浦
記事カテゴリ: 対馬要塞群を歩く

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