(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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「対馬要塞群〜姫神山砲台ウォーク〜」の実施について
 こんにちは、雨男+要塞部員1号こと観光担当Nです。

 2011年10月29日(土)、「対馬要塞群〜姫神山砲台ウォーク〜」を(お約束の雨のなか)開催しました。
 一般参加者30名(定員)、スタッフ2名(+1名は公用車で同行)、ガイド1名でバスはぎゅうぎゅう、満員御礼でした。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました<(_ _)>

※今回のコースの概要は、先日の勉強会の記事(中対馬ガイド養成「大船越〜姫神山砲台〜万関」編)および(対馬要塞群 「姫神山(ひめがみやま)砲台」について)をご覧ください。

大船越
 一行はまず、対馬とロシアの因縁の地、対馬市美津島町の「大船越」(おおふなこし)へ。
 今から150年前の1861年、東アジア進出を目論むロシアの軍艦により、対馬の一部が占拠され、島民に犠牲者が出た「ポサドニック号事件」の舞台となった場所です。

万関展望所
 支障木の伐採により本来の姿を取り戻した万関(まんぜき)展望所です。万関橋、白嶽、城山、浅茅湾など、悠久の歴史が刻まれた美しい自然景観を楽しむことができます。

姫神山砲台1
 展望所を後にした一行は、姫神山砲台へ。参加者の皆さんが見上げているのは・・・。

姫神山砲台2
 イギリス式のレンガ積みが美しい姫神山砲台の弾薬庫です。

ミリメシ
 砲座(大砲が据え付けられていた石造りの土台部)でお弁当タイム。
 今回は、ミリメシ(ミリタリー+ご飯。自衛隊の売店で購入できる携帯食で、発熱剤と水が反応し、ほかほかのご飯が食べられる)を準備しました。容器が水蒸気を噴きあげ、ちょっと不思議な光景です。

姫神山砲台3
 姫神山砲台は、当時の代表的な砲台である28センチ榴弾砲(りゅうだんほう)が6門も設置された、対馬の明治期を代表する砲台跡です。

記念撮影
 記念撮影です。参加されたみなさま、ありがとうございました<(_ _)>

対馬ひめがみ
 姫神山砲台は、対馬市美津島町緒方(みつしままちおかた)にあります。緒方はイカ漁がさかんで、地元の主婦による生産者グループ「対馬ひめがみ」では、イカのミミだけを使う緒方独特の塩辛「ひめがみ漬け」などの特産品を生産しています。

詳しくは過去のブログをごらんください。(プレゼントは終了しています)
>>「ひめがみ〜美津島町緒方地区〜」
記事カテゴリ: 対馬要塞群を歩く
対馬要塞群を歩く 「芋崎砲台・大平砲台編」
こんにちは、観光担当Nです。
2011年10月11日(火)、今年度の重点観光資源である対馬要塞調査の一環として、美津島町昼ヶ浦の芋崎砲台と大平砲台の調査を行いました。
両砲台は、明治20年起工、同21年に竣工した対馬最初期の4つの砲台のうちの2つです。

芋崎入口の看板
美津島町昼ヶ浦は、1861年(ちょうど150年前)にロシアの軍艦によりその一部が占拠されてしまった因縁の地です。対馬の防衛のため、明治20年に砲台が設置されました。

井戸
対馬の砲台跡でよく見かける3点濾過式の井戸です。

芋崎
石造りの重厚堅牢な砲台が、100年以上の時を超えて存在感を示しています。
対馬の砲台は、第1期(日清戦争前)、第2期(日露戦争前後)、第3期(第2次大戦前)に分類されますが、芋崎砲台は第1期の砲台です。

砲台の扁額
扁額には、起工・竣工・建設責任者の名前が刻まれていました。

棲息掩蔽部
半地下式の棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)です。通常は弾薬庫などとして利用し、緊急時には兵舎などにもなります。
右手に写っているのは、中対馬ガイド養成担当(砲台担当?)S。

棲息掩蔽部の内側
内部はこんな感じ。湿気対策として、しっくいが塗られています。
右手に写っているのはコウモリ。

観測所
ちょっとわかりにくいところにあった観測所。観測所で敵艦などの方位・距離などを計測し、砲座に伝達します。

露寇の碑
芋崎砲台から10分ほど海に降りていくと、ロシアの井戸、「文久元年 魯寇之跡」(露寇の碑)がありますが、漂着ゴミが多く、雰囲気が悪いのが残念。

大東亜守備の地の石碑
芋崎砲台からの帰り道、なにやら山頂に続く山道を発見。登ってみると石碑があり「大東亜戦守備之地 豊島部隊 昭和十七年秋」の文字が・・・。
芋崎には、昭和16年から17年にかけて高射砲座が設置されており、のちに長崎の金比羅山に移転。そこで原爆に遭い、多くの隊員が命を落としましたが、彼らが対馬を去る際に設置していった石碑のようです。

大平砲台
さて、芋崎の次は大平砲台(低砲台)へ。
大平砲台は、道路工事により一部が破壊されており、しかも弾薬庫に漁具?などが詰め込まれていました。
車で行くことができるのですが、これといって魅力はなく・・・(-_-;)

大平砲台の扁額
ちなみに、建設責任者は芋崎と同じ工兵中尉・時尾善三郎氏で、工期もほぼ同じです。

大平砲台(高)
大平には明治期の高砲台もあるのですが、今回は調査不足のため砲座のみ確認。次回に持ち越しです。

バカボンのパパ?
歩き回った挙句、またまた外見などどうでもよくなり、バカボンのパパのような状態になっている砲台担当Sです。
知り合いに見つかったら、まちがいなく「お前、何やってんだ?」と言われそうなシチュエーションですが・・・。

その後、竹敷・深浦・面天奈など怪しげな場所を歩き回り、調査は終了しました。
年度内に、対馬要塞ガイドブックを作成する予定ですので、お楽しみに。
(完成してもないのに既に予約が5件もあり、Sが焦っています)


【交通アクセス】

厳原港→(国道382号線を北上9.3km)→十八銀行美津島支店前交差点(西に進んで県道24号線を1.5km)→箕形・竹敷交差点を右折(県道197号線に入り、5.7km)→芋崎砲台軍道入口(看板あり、徒歩1.3km)→芋崎砲台
※芋崎砲台軍道入口から道なりに0.9km車で進むと大平(低)砲台
※対馬空港から十八銀行美津島支店前交差点までは、県道64号線を南下1km、右折して国道382号線に進み南下2km

Googleマップ
>>芋崎砲台・大平(低)砲台

ガイドのご用命は
>>対馬観光ガイドの会やんこも
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中対馬ガイド養成「大船越〜姫神山砲台〜万関」編
こんにちは、観光担当Nです。
眠い眼をこすりながら、プサンからその2です(殴)

2011年10月8日(土)、中対馬地区ガイド養成事業の現地研修会を行いました。
今回のテーマは、対馬を中心とした幕末から明治にかけての日露関係で、美津島町の大船越(おおふなこし)・姫神山(ひめがみやま)砲台・万関橋(まんぜきばし)などを歩きました。

大船越
大船越は、江戸時代、対馬藩三代藩主・宗 義真(そう よしざね)によって掘り切られた人工の瀬戸です。
対馬は南北82キロの長大な島で、船で迂回するのがたいへんでしたが、開削により交通の利便性が劇的に向上しました。

勉強会の様子
ところが幕末の1861年(ちょうど150年前)、対馬の一部(美津島町昼ヶ浦の芋崎)がロシアの軍艦に占拠され、ここ大船越の関所で2名の死傷者が出るという事件が起きました(ポサドニック号事件)。
幕府は独力でロシアに対抗できず、イギリス軍艦の力を借りてロシア軍艦を追い出しましたが、幕府の無力さを露呈する結果となりました。

姫神山砲台
支障木の伐採などの整備が進む姫神山砲台です。
ロシアの南下政策に対抗するため、明治政府は対馬に海軍基地をつくり、18基もの砲台を建設しました。昭和期の砲台もあわせると合計31基にもなり、臨時砲台を加えるとその数はさらに膨らみます。対馬はまさに要塞島だったのです。

姫神山砲台・砲座
日露戦争時の代表的な砲台「28センチ榴弾砲」が6門設置されていました。

黒島を望む
黒島を望みます。砲台は基本的に高所にあるため、展望のよさも魅力のひとつです。

万関展望所
姫神山砲台を後にした一行は、同じく支障木が伐採された万関展望所へ。
大船越では軍艦の通行が困難だったため、明治の海軍が掘り切った人工の瀬戸が万関瀬戸(久須保水道)。日露戦争の日本海海戦では、この万関瀬戸を通って水雷艇・駆逐艦が出撃し、大きな戦果を挙げました。
現在、万関瀬戸の上には赤い鉄橋がかかり、観光名所になっています。

こうして、幕末から明治にかけての対馬の歴史の現地勉強会が終了したのでした。
参加されたみなさま、お疲れ様でした。
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対馬要塞群を歩く  「大崎山(おおさきやま)砲台編」
こんにちは、観光担当Nです。

前々回の「姫神山砲台」、前回の「上見坂堡塁」にひきつづき、またまた対馬要塞ネタです。

対馬には明治〜昭和期にかけて31もの砲台が築かれ、現在、観光資源としての調査を行っていますが、時には残念な結果に終わることもあります。
今回はそのパターンのご報告です(-_-;)

姫神山砲台、上見坂堡塁を歩いてウォーキングハイになった要塞部員2名は、勢いあまって事前に計画していなかった大崎山砲台へ向かいました。

尾浦海水浴場・係船場
ここは尾浦海水浴場に近く、夏の海開きの際に石造りの壁と係船場を見かけ、ちょっと気になっていたのです。

尾浦海水浴場・軍道
船着場から延びる軍道でしょうか。
前回(7月)、職員2名と対馬市広報関係者をだまして(殴)接近してみましたが、低木・ヤブで進めず、断念。
今回は、久田隧道(トンネル)の南側出口から数メートル先を左折し、大崎山砲台へ。

タオル頭
疲れて外見もどうでもよくなり、タオルを被っている要塞部員Sです。

大崎山砲台1
途中までは車で行けますが、不法投棄された粗大ごみが目につき、軍道の雰囲気もなんだか不気味で、徐々にテンションダウン・・・。

大崎山砲台・門柱
門柱です。釣人がいるのか、釣り餌の袋やペットボトルなどが落ちていました。


明治の砲台は、石・レンガなどで建造され、重厚な雰囲気がよいのですが、昭和の砲台はコンクリート製で造りが粗雑な印象です。


もう引き返そうかと話していると、石製の階段が現れました。


砲座跡。水が溜まっています。

砲座跡
観測所もぐちゃぐちゃでした。
戦後GHQの爆破班により解体されてしまったようです。

高平橋

「これは観光では使えないね・・・100点満点で、12点くらい」
要塞部員Sの妥当な評価でした。


ぜんぜんお勧めしませんが、場所はここ。
Googleマップ
>>大崎山砲台

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対馬要塞群を歩く  「上見坂堡塁(かみざかほうるい)編」
こんにちは、対馬探検隊 要塞部員その1こと観光担当Nです。

ブログを移行したら記事下に「ツイートする」「いいね!」のボタンが現れましたが、要塞ネタで誰が押すのか不安に思いつつ、前回の砲台調査の続編をお届けします。

上見坂公園2
姫神山の撮影を終えた我々は、そのまま厳原町の上見坂(かみざか)公園へ。

上見坂公園1
ここは浅茅湾を一望できる展望所として人気がありますが、その裏側を徒歩数分・・・。

上見坂公園遊歩道
日露戦争前に建造された上見坂堡塁(ほうるい)が出現!
熱心に写真を撮っている(自己撮りも多いけど)のは、要塞部員その2ことSです。

兵舎跡
かなり広い兵舎跡。通常は弾薬庫などとして利用しますが、臨戦時には兵隊が寝泊りする場所にもなります。
居住環境としてはかなりイマイチな感じですが(-_-;)

便所跡
便所にたたずむS。左側が小、右側が大らしいです。

塹壕の一部
砲台周辺の塹壕(ざんごう)の一部です。

砲座跡
砲座跡です。頑丈な基礎に据え付ける重砲(榴弾砲など)とは異なり、カノン砲には車輪がついており、写真の斜面を押し上げて移動できます。
砲台は、海岸付近に現れた艦船などを攻撃するものですが、堡塁は、主に上陸してきた敵から背部の砲台や居住地を守るための防御型の砲台を指します。

上見坂公園
上見坂堡塁は上見坂公園内にあるため、車で行くことができ、駐車場・トイレなども完備されています。
砲台初心者の方は最初に訪問してみましょう。

移動はタクシーかレンタカーで、厳原港〜上見坂公園は片道約10キロ、対馬空港〜上見坂公園は片道約9キロ。
舗装はされていますが、カーブが多いので、安全運転を。
公園からは九州百名山・白嶽、浅茅湾、対馬空港の滑走路などのほか、ツシマジカもよく見かけます。

Googleマップ
>>上見坂堡塁
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対馬要塞群を歩く  「姫神山(ひめがみやま)砲台編」
 こんにちは、対馬探検隊 要塞部(勝手に設立)部員その1こと観光担当Nです。

 当協会では、3年前から毎年テーマを決めて対馬の観光資源調査を行っています。平成20年度はバードウォッチング、21年度はトレッキング、22年度は神社、23年度は対馬要塞ですが、今回は今年度の重点項目である対馬要塞の調査のため、姫神山砲台・上見坂堡塁・大崎山砲台を歩いてみました。
  「姫神山砲台」は、現在の対馬市美津島町緒方の姫神山山頂に位置し、対馬海峡東海岸に出没する敵の艦船を攻撃するため、28センチ榴弾砲が6門も装備された規模の大きな砲台です。


 緒方の集落に入り、正面の川沿いに右に進みます。四輪駆動の小型車なら砲台まで行けますが、脱輪や万一の対向車に気をつける必要があり、通常は緒方の集落で下車して歩きます。砲台までは徒歩で片道40分。


 砲台への道はこんな感じです。明治時代に、馬車を通すために統一の規格(幅・傾斜)で整備されており、現在では格好の登山道となっています。


 対馬東海岸・三浦湾の景観を楽しみながら・・・。


 砲台直前の広場です。左は砲台の門、右に弾薬庫が見えています。


 姫神山砲台の弾薬庫です。明治33〜34年(1900〜1901年)にかけて建造され、レンガと砂岩、セメントで構成されています。


 大きさはこれぐらい。


 濾過式の井戸です。砲台は山頂近くにあることが多いため、水の確保は重要課題でした。
 現在も水を湛えていますが、100年以上経過していて強度が不明なので、上には乗らないようにしましょう。


 新たに設置された砲弾(実弾)と案内板です。砲弾の重量は200キロ以上、射程は約8キロ。対馬の神社では、奉納された砲弾をよく見かけます。


 6門の砲座が直線状にならび、かなりの広さです。


 砲座跡。日露戦争時に主力兵器だった28センチ榴弾砲(りゅうだんほう)が据え付けられていました。榴弾砲は、重量砲弾をやや斜め上方に打ち上げ、弧を描いて落下させ、戦艦の甲板(装甲が薄い)を貫通・破壊する曲射タイプの砲台です。ほかには、水平に撃ち出す加農(カノン)砲というタイプの砲台もあります。


 観測所へ続く階段です。「天空の城ラピュタ」のロボット兵が降りてきそうな雰囲気でした。


 観測所です。砲座からは敵艦が見えないため、ここで観測し、方角・傾斜などの指示を出します。


砲台というと暗いイメージがありますが、姫神山砲台はかなり奥行きがあり、開放的な雰囲気です。


 12月にはNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の第3部(最終部)が放送されます。クライマックスは、28センチ榴弾砲が活躍した旅順などの要塞攻略戦と、対馬沖が舞台となった日本海海戦です。明治という時代の息吹を、映像でお楽しみください。


 砲台からの帰り、道端にムジナノカミソリが咲いていました。ヒガンバナ科キツネノカミソリの仲間で、「野生絶滅種」とされていますが、対馬ではよく見かけます。そのうち環境省の絶滅指定が変わるか、別種扱いになるかもしれません。

【交通アクセス】
厳原港→(国道382号線16km)→緒方入口→(市道2km)→緒方(下車)→(徒歩2.5km・約40分)→姫神山砲台
(対馬空港→緒方入口は国道382号線を約6km)

Googleマップ
>>厳原港〜美津島町緒方

姫神山トレッキングルート


バスは緒方入口まで1日7便のみなので、自家用車・レンタカー・タクシーが便利です。
迷うことはあまりないと思いますが、軽いトレッキングになるので装備・飲料水などの準備はしっかりと。

ガイドのご用命は、「対馬観光ガイドの会やんこも」まで。
対馬観光物産協会(対馬市役所1F)か対馬空港で合流し、現地を徒歩で2時間程度ガイドいたします。
ガイド料はガイド1名(4時間以内コース)12,000円です。

対馬観光ガイドの会やんこも
>>http://tsushima-net.org/yankomo/yankomo.php

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「対馬要塞群 〜郷山砲台ウォーク〜」について
 こんにちは、雨男・観光担当Nです。
 昨日、2011年5月28日(土)、雨で1週延期になっていた「対馬要塞群〜郷山砲台ウォーク〜」を開催しました。
 春のイベントはことごとく雨に降られており、前日まで天気予報とにらめっこしていましたが、なんとか終日雨も降ることなく、無事終了しました。
 翌日日曜は雨・・・あぶないところでした(-_-;)

 尾崎半島の砲台については、こちらをご覧ください。
 >>対馬要塞を歩く〜美津島町・尾崎半島編〜

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 ガイドは「対馬観光ガイドの会やんこも」副会長で砲台の専門家・小松津代志さんです。ダジャレまじりの解説に、参加者から笑い声があがっていました。

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 バイカウツギでしょうか? 各地でヤマボウシが咲いていますが、残念ながら郷山では見ることができませんでした。

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 連日の雨で、足元のぬかるみが心配でしたが、水はけがよく、歩きやすい状態でした。

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 先週の時点では40名以上の参加申込みがありましたが、延期と微妙な天候のため、今回の参加者は20名(うち小学生3名)+ガイド1名+スタッフ2名の計23名でした。

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 片道約3キロ、幅3mほどの緩傾斜の道で、子どもたちも元気に歩いていましたが、あいにくの濃霧で景観はイマイチ。

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 兵舎にコウモリがいて、子どもたちが大騒ぎ(^^;)
 夏場の砲台ではよく見かけますが、冬はより暖かい低地に移動するのか、姿を消してしまいます。

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 砲座跡です。日露戦争時に活躍した28センチ榴弾砲(りゅうだんほう)が据え付けられ、国境の海を睨んでいました。

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 「成兵精鋭三塁成」の記念碑前で記念撮影です。天気がよければ砲台跡でお弁当の予定でしたが、今回は早めに降りて、尾崎の公園でランチタイムにしました。
 参加者の皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。
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「陸防」マニアと郷山砲台ウォーク
 みなさま、こんにちは。観光担当Nです。
 最近、ごく狭いエリア(3人ぐらい)で、「陸防」が熱いです。
(興味のない方は無視してくださいね(^^;))

 対馬は古代から国境の島ですが、幕末から明治時代は特にロシアなど列強の圧力を受け、明治〜昭和期にかけて全島が要塞化され、国防の最前線となりました。
 その時代の遺構として、31ヶ所もの砲台跡や、万関瀬戸(久須保水道)、水雷艇基地跡などが残されているのですが、その息吹をもっとも身近に感じられるのが、対馬のいたるところにある「陸軍境界標石」、通称「陸防」です。

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これが「陸防」。軍用地の境界を示す石標で、軍事施設跡・要塞地帯などで見ることができるのですが、開発や道路拡張で全国的に姿を消しています。
片面は「陸」。

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裏は「防○○○(漢数字)」
最近、山歩きに行くたびに注意して見ているのですが、対馬にはおびただしい数の「陸防」が残されているようです。

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明治の「陸防」は石造りで、手彫り感が味わい深いです。

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かなり埋まってたり。

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横倒しになってたり。

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彫った人がB型だったのか、「防」の字を彫り忘れてたり(殴)

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完全に埋没してたのにマニアの手で掘り起こされてしまったり。

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県道のガードレール下でコンクリートの一部になってたり。

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昭和の「陸防」はセメント製。見つけた時の喜びは明治期のものと比べると今ひとつ・・・。

これが見つけ始めると止まらない「陸防」の魅力です。
観光に役立つのか? 日常生活で役に立つのか? と聞かれれば、何とも言えないのですが・・・(-_-;)

ちなみに5月21日(土)に開催する「対馬要塞群 〜郷山砲台ウォーク〜」(美津島町尾崎地区)は定員を軽く超える応募がありました。
尾崎地区は、山県有朋をして「対馬ハ我西門ニシテ、最要衝ノ地」と言わしめた対馬のなかでも特に重要視され、明治期に3つ、昭和期に1つの砲台が築かれています。
「郷山砲台ウォーク」では、事故・怪我がないことを第一に考え、参加者の皆様に「陸防」の魅力を伝えられたら幸いです(目的が違うって・・・)

<観光担当N>
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対馬要塞群を歩く 「西泊砲台編」、トレッキングルート調査 「撃方山編」
 みなさま、こんにちは。観光担当Nです。
 先日長崎で会議があり、その帰りに福岡(博多)のアウトドアショップを訪問しました。昨年からモニターツアーや情報発信でお世話になっているA&Fカントリー様、好日山荘様、THE NORTH FACE様に加え、今回あらたにFox fire様、IBS石井スポーツ様を訪問し、対馬ご来島のお声がけをしました。
 3月にオープンしたJR博多シティにはFox fire様が新店舗を展開し、4月27日(今日ですね)には天神にモンベル様の新店舗が開業します。
 アウトドア業界と博多の活気を感じた1日でした。

 さて、通常業務の合間にトレッキングルート調査・砲台調査を行っていますが、今回は、上対馬町大浦の撃方山(うちかたやま)ルート、上対馬町富ケ浦の西泊(にしどまり)砲台ルートを歩いてみました。


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 上対馬町大浦の北部にある撃方山は、豊臣秀吉の朝鮮出兵時に山城が築かれたとか、防人の烽火台があったなどの伝承がある山です。

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 江戸時代の書物には、山頂からの眺めは絶景の名勝地として紹介されていたのですが、さすがに400年も経つと藪になってました(^^;)
 山頂部は方形をしており、人為的な手が加えられているのは確かなようです。

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 国土調査のため伐採され、測量杭があったのでたどり着けたものの、一部が自衛隊用地であり、山頂からの展望もあまりなく、トレッキングルートとしては利用が難しいようです。
 >>場所はここ

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 気をとりなおして東に移動、西泊砲台を目指します。上対馬町富ケ浦の尉殿崎(じょうどさき)にあるらしい、ということ以外に情報がなく、とりあえず旧道から半島の三角点を目指します。

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 いきなり海辺に迷い込み、石積みの構築物を発見。旧軍の施設っぽいのですが、詳細は不明。
※後日、下記の小松さんが西泊の方に確認したところ、「あー、あれは肥えタゴ(肥溜め)よ」とのこと。ショック(>_<)

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 道がわからず諦めかけていたのですが、「対馬観光ガイドの会やんこも」の砲台の専門家・小松さんに電話して情報をいただき、軍道を発見。

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 山頂まで登ると、昭和期の「西泊砲台」が姿を現しました。

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 砲台は基本的に高台にあるので、景観も抜群。新緑が綺麗でした。

DSC09989_small.jpg
 砲座もありました。

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 軍道の端には、ガードレール代わり?の石柱が残っていました。
 山頂からの景観もよく、遺構もよく残っているのですが、軍道の崩壊が激しく、一般向けのトレッキングルートとしては利用が難しいようです。残念(-_-;)
 >>場所はここ

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おまけ1。ツシマヤマネコのつばきちゃんです。

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おまけ2。残念なことになっている(殴)棹崎公園の砲座跡。

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おまけ3。対馬のへそ地(へそ石)です。どこにあるかわかりますか?
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対馬要塞群を歩く 「多功崎砲台・樫岳砲台・郷山砲台編」
 みなさま、こんにちは。久々の観光担当Nです。

 3月11日の東日本大震災は、大自然の猛威の前には人間の「想定」がいかにあやふやで脆いものなのかを、世界に知らしめる出来事でした。
 遠く離れた対馬でも、10年間継続していた釜山〜対馬航路が半年の運休になり、日本人観光客の皆様のキャンセルが続き、観光・物産ともに厳しい状況です。個人ではいかんともしがたい現状ですが、少しでも震災前の状態に近づけるよう、努力したいと思います。

 東日本大震災で被災されました方々と、大きなダメージを受けている東北・関東の観光・物産事業者の皆様に、謹んでお見舞い申し上げますとともに、被災地の復興・復旧を心より祈念申し上げます。


 さて、2月後半から私の担当部分のブログの更新が止まっていましたので、2月後半から3月までの動きをご報告します。

 2011年2月21日(月)、対馬市美津島町尾崎(みつしままち・おさき)地区の砲台跡を調査しました。尾崎は、対馬の中央に広がる浅茅湾(あそうわん)の南西部に位置し、重要な防衛拠点であったため、明治37〜39年に3つ(樫岳砲台・多功崎砲台・郷山砲台)、昭和9〜11年に1つ(郷崎砲台)の砲台が築かれました。
 郷崎砲台は自衛隊の訓練用地として立入禁止になっているので、今回は明治期の3つの砲台を紹介します。
 (対馬要塞ネタを書くたびに、いったい何%の人が興味を持ってくれるんだろう・・・とちょっと不安になりますが(-_-;))


 起点の美津島町尾崎は、対馬産高級養殖マグロ「トロの華」で有名な地域で、人気テレビ番組「田舎で暮らそう」の最終回で神田うのさんが訪れた場所でもあります。

DSC08698_small.jpg
 尾崎地区に入るといきなり正面は海。左折して、さらに左手の山道に入ります。四輪駆動車なら奥まで進めますが、今回は集落内から徒歩で砲台を目指しました。

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 軍道に沿って石造りの側溝が続く道を進みます。途中、取水施設や砂防ダムなどの現代施設もありますが、軍の境界石標(通称、陸防)や石積みが100年前の日露時代を感じさせます。

DSC08918_small.jpg
 ここが3つの砲台への道の分岐点で、右は樫岳砲台、前方は多功崎砲台、左は郷山砲台です。今回は尾崎集落から3つの砲台+観測所まで歩いて、全長12キロでしたが、さすがに距離が長いので、1つを選ぶとすれば、規模の大きさ、状態のよさ、景観などの点で、郷山砲台(左)がおすすめです。

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 分岐点の「成兵精鋭三塁成」の碑。その大きさにびっくり。

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 まずは正面の多功崎砲台。石積みの状態が非常によいのが印象的。海風が強いせいか、落葉樹が多く、木漏れ日が差し込む明るい雰囲気でした。

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 樫岳砲台には、28センチ榴弾砲(りゅうだんほう。知らなくても全然恥ずかしくない単語です・・・)の砲座跡が綺麗に残っています。

DSC08847_small.jpg
 郷山砲台への道。いくつか分岐道があり、注意が必要です。右は郷崎砲台(立入禁止)、左は郷山砲台。

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 直進すると無線所(?)、左後方に登ると郷山砲台。

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 広く明るい砲台ですが、不法投棄の自動車が・・・(-_-;)

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 一部建物が崩壊していますが、かえって構造の重厚さを感じさせます。

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 朝鮮半島側に海が開けていました。100年前、国家の命運をかけ、近代の防人がここにいました。

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 歩き続けてウォーキング・ハイになっていたので、荒れた道の先にある飛岳観測所まで行ってみました。


 対馬の砲台跡は、

・今年11〜12月に放送されるNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」(原作・司馬遼太郎)の時代(日露戦争前夜、対馬が国防の最前線だった時代)に築かれたものが多い。

・砲台の立地条件から、見晴らしがよく、軍道が整備されており、歩きやすいものが多く、トレッキング・ウォーキングに適してる(例外もたくさんありますが・・・)

・無機質・機能的なコンクリート製の昭和の砲台に比べて、明治時代の砲台は、石・レンガなどを使用し、建築物のデザインとしても面白い。

・ほとんどの砲台が実戦では使われておらず、兵隊の幽霊とかも出ない(殴)

 などの特徴があり、砲台の数は、明治〜昭和で合計31にもなります。
 (うち、「大山(おやま)砲台」など、現物は実在しているのに、軍の記録(予算)上は存在しない「幻の砲台」もあります)


 興味を持たれた方は、2011年5月21日(土)に、尾崎の3砲台のうちもっとも雰囲気のよかった「郷山砲台」のトレッキングツアーを計画しています。告知は、新聞折込(対馬市内)か、当ホームページで行う予定ですので、募集告知後にお申し込みください。

 個人的に対馬要塞のガイドを予約してみたいと思った方は、「対馬観光ガイドの会やんこも」(TEL 0920-52-1566)まで。
 ※要塞は特殊・専門的な内容でガイドが少ないため、事前に日程調整が必要です。

<観光担当N>
記事カテゴリ: 対馬要塞群を歩く

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