(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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対馬観光ガイドの会やんこも 第3回勉強会 宗家パート2
平成20年6月15日(日)、対馬の歴史の勉強会を開催しました。
テーマは、先週に引き続いて宗家について。

 朝鮮出兵後の和平交渉の際、宗家は苦肉の策として、徳川家康と朝鮮国王双方の国書を偽造します。3代将軍家光の時代に、それが宗家のお家騒動(柳川事件)を発端として露見。幕府を巻き込んだ国際問題に発展し、宗家は存亡の危機に直面します。今回は、朝鮮出兵・国書偽造・柳川事件の顛末について学びました。

※柳川事件
 宗家の重臣・柳川調興(やながわしげおき)が、宗家からの独立を図り、藩の極秘事項であった国書偽造を暴露した事件。徳川3代将軍家光直々に裁きが行われ、宗家側からは藩主・宗義成(宗家20代)、外交僧・玄方が証人として、柳川家側からは調興が証人として召しだされた。伊井・本多・柳生などの徳川側近、前田・毛利・伊達などの有力大名臨席のもと、義成は御咎めなし、玄方は盛岡へ、調興は津軽へ流罪となった。

 柳川事件は幕府を揺るがす大事件でしたが、実は、国書偽造の事実は幕府も朝鮮側も黙認していたとも言われています。国書偽造をやめたい宗家、家臣が主君を倒すという戦国時代の遺風を消し去りたい徳川家などの思惑が重なり、この事件が「演出」されたのかもしれません。

柳川事件(柳川一件)wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%B7%9D%E4%B8%80%E4%BB%B6

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1.まずは歴史の勉強。
2.朝鮮通信使との交渉は、基本的に漢文による筆談で行われ、漢文に堪能な僧侶が活躍しました。外交機関・以酊庵(いていあん)が置かれていた西山寺(せいざんじ)を見学。

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3.朝鮮出兵(文禄慶長の役)の際に活躍した外交僧・玄蘇の像。
4.柳川事件で盛岡へ流罪となった外交僧・玄方の像。どちらも西山寺に安置。

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5.宗家の庭園、旧金石城庭園(国指定名勝)を見学。
6.厳原八幡宮の宝物殿を見学。義成が献納した「高蒔絵三十六歌仙額」は、全国唯一の高蒔絵による額で必見。少弐氏が納めたヨロイや、かつてはどこかの神社の神体であったと推測されるヤタの鏡など、様々な宝物を見学できます。
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対馬観光ガイドの会やんこも 第2回勉強会 宗家について
平成20年6月8日(日)、対馬の歴史の勉強会と実地研修を行いました。
テーマは、対馬の島主・藩主の一族・宗家(そうけ)について。
宗家は、鎌倉時代から少弐氏の代官(守護代)として対馬を統治し、以降、江戸幕末まで600年にわたって対馬を統治しました。

宗家の歴史は、元寇による大きな被害、大宰府制覇の野望、戦国の混乱、豊臣秀吉の朝鮮出兵、徳川家康による戦後処理と朝鮮通信使の招聘、幕末のロシアとの緊張、朝鮮王家(李王家)との婚姻など、国境の島・対馬の激動の歴史そのものでした。

宗家について(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%B0%8F

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1.午前中に勉強会を開催。
2.宗家の菩提寺である万松院(ばんしょういん)には、歴代の徳川将軍の位牌が安置されています。朝鮮通信使に対し、対馬藩が徳川家の名代であることを示すためとか。
3.万松院の百雁木(ひゃくがんぎ。132段の石段)を登ると、歴代藩主の壮大な墓所が出現します。

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4.宗家19代・宗義智(そうよしとし)公の墓石。宗義智は、秀吉による朝鮮出兵、家康による和平交渉の双方に深く関与し、苦悩に満ちた人生を送りました。
5.義智の努力により、朝鮮出兵で一時中断していた朝鮮貿易が復活。義智の子・義成(よしなり)、孫・義真(よしざね)の時代に、対馬藩は黄金期を迎えることになります。万松院は、義成が父の苦労を偲んで1615年に創建したお寺で、国の史跡に指定されています。
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対馬観光ガイドの会やんこも・金田城トレッキング研修
 6月1日(日)、「対馬観光ガイドの会やんこも」の金田城トレッキング現地研修を行いました。
 金田城は667年に築かれた朝鮮式山城で、壱岐の原ノ辻とともに、長崎県に2つしかない国指定特別史跡の一つ。
 築城の背景には、朝鮮半島の三国(高句麗・百済・新羅)、大化の改新後の倭国、そして中国に誕生した大国・唐の複雑な国際情勢が絡み合っています。

当時の歴史的背景についてはこちら(wikipedia)↓↓
金田城
白村江の戦い

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(左)天気も良く、美しい新緑の中を歩く (中)黒瀬湾を望む (右)ヤマボウシが咲き始めていました

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(左)カギカズラが松に絡みつく (中)1300年前、防人が築いた石垣 (右)山頂から朝鮮半島を望む。かつて防人が見た風景がそのまま残っている

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(左)金田城は日露戦争時に再度要塞化された (中)石英斑岩の巨石・鋸割(のこわき)岩 (右)金田城の城壁・一ノ城戸へ到着

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(左)金田城城壁の威容 (中)石垣の調査・修復作業 (右)ウラジロの若葉。通称Yの森

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トレッキング終盤。筋肉痛が心配・・・。

6月8日(日)に宗家の歴史勉強会+城下町現地研修、
6月15日(日)に日朝関係の歴史+城下町現地研修を開催します。
ガイドの会の活動に興味のある方、勉強会や研修に参加してみたい方は、観光物産協会・西(0920-52-1566)までお問い合わせください。
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