(一社)対馬観光物産協会ブログ

対馬の観光物産情報をお伝えします。
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対馬観光ガイドの会やんこも 第2回勉強会 宗家について
平成20年6月8日(日)、対馬の歴史の勉強会と実地研修を行いました。
テーマは、対馬の島主・藩主の一族・宗家(そうけ)について。
宗家は、鎌倉時代から少弐氏の代官(守護代)として対馬を統治し、以降、江戸幕末まで600年にわたって対馬を統治しました。

宗家の歴史は、元寇による大きな被害、大宰府制覇の野望、戦国の混乱、豊臣秀吉の朝鮮出兵、徳川家康による戦後処理と朝鮮通信使の招聘、幕末のロシアとの緊張、朝鮮王家(李王家)との婚姻など、国境の島・対馬の激動の歴史そのものでした。

宗家について(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%B0%8F

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1.午前中に勉強会を開催。
2.宗家の菩提寺である万松院(ばんしょういん)には、歴代の徳川将軍の位牌が安置されています。朝鮮通信使に対し、対馬藩が徳川家の名代であることを示すためとか。
3.万松院の百雁木(ひゃくがんぎ。132段の石段)を登ると、歴代藩主の壮大な墓所が出現します。

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4.宗家19代・宗義智(そうよしとし)公の墓石。宗義智は、秀吉による朝鮮出兵、家康による和平交渉の双方に深く関与し、苦悩に満ちた人生を送りました。
5.義智の努力により、朝鮮出兵で一時中断していた朝鮮貿易が復活。義智の子・義成(よしなり)、孫・義真(よしざね)の時代に、対馬藩は黄金期を迎えることになります。万松院は、義成が父の苦労を偲んで1615年に創建したお寺で、国の史跡に指定されています。
記事カテゴリ: ガイドの会やんこも
対馬観光ガイドの会やんこも・金田城トレッキング研修
 6月1日(日)、「対馬観光ガイドの会やんこも」の金田城トレッキング現地研修を行いました。
 金田城は667年に築かれた朝鮮式山城で、壱岐の原ノ辻とともに、長崎県に2つしかない国指定特別史跡の一つ。
 築城の背景には、朝鮮半島の三国(高句麗・百済・新羅)、大化の改新後の倭国、そして中国に誕生した大国・唐の複雑な国際情勢が絡み合っています。

当時の歴史的背景についてはこちら(wikipedia)↓↓
金田城
白村江の戦い

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(左)天気も良く、美しい新緑の中を歩く (中)黒瀬湾を望む (右)ヤマボウシが咲き始めていました

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(左)カギカズラが松に絡みつく (中)1300年前、防人が築いた石垣 (右)山頂から朝鮮半島を望む。かつて防人が見た風景がそのまま残っている

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(左)金田城は日露戦争時に再度要塞化された (中)石英斑岩の巨石・鋸割(のこわき)岩 (右)金田城の城壁・一ノ城戸へ到着

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(左)金田城城壁の威容 (中)石垣の調査・修復作業 (右)ウラジロの若葉。通称Yの森

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トレッキング終盤。筋肉痛が心配・・・。

6月8日(日)に宗家の歴史勉強会+城下町現地研修、
6月15日(日)に日朝関係の歴史+城下町現地研修を開催します。
ガイドの会の活動に興味のある方、勉強会や研修に参加してみたい方は、観光物産協会・西(0920-52-1566)までお問い合わせください。
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